【昆虫科学】

アリ社会でも個人と社会の利益がぶつかることを発見!~昆虫の社会行動を解明

辻 瑞樹(和希)先生

 

琉球大学

農学部 亜熱帯農林環境科学科 生態環境科学コース(農学研究科 亜熱帯農学専攻)

 

 どんなことを研究していますか?

アリやシロアリのような昆虫は、多数の個体が協力し、ヒトの社会と似た社会を持っています。そうした特徴を持つに至った、進化の仕組みの解明が中心課題です。

 

種の内部でも種の間でも極めて競争的なのが自然界の掟ですが、そのような環境の中で「助け合い」が自然発生してきたのはなぜなのか。これは、ダーウィン以来の進化理論上の難題の一つとされています。私は、昆虫の社会行動とその進化を解明するため、遺伝子から生態系まで生物階層を縦断するアプローチで研究しています。

 

脳内ドーパミンがアリの共同行動にかかわる! 

 

この研究は、ヒトの社会行動の深い理解にもつながると信じています。実際、公共財ジレンマ(または囚人のジレンマ)という、個人と社会の利益が衝突するような状況が、アリの社会に実在することを証明しましたが、これはヒトの社会と微生物の集団以外の自然界で初めての発見です。

 

また、ヒトも持つ脳のドーパミンという物質が、アリの協同行動に深く関わることを明らかにしつつあります。これは脳内化学物質が持つ一般機能の解明にも役立ちます。さらに、昆虫の優れた能力を模倣し活用する学問「バイオミメティックス」がありますが、アリやシロアリの協同行動の研究は、集団で働くロボットの設計などにも役立つと考えています。

 

 この分野はどこで学べる?

「昆虫科学」学べる大学・研究者はこちら(※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

8.食・農・動植物」の「29.獣医・畜産、応用動物学」

 


 学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

 

●主な業種は→公務員(植物防疫所、農業試験場、環境省)、企業(消毒会社、農薬会社、NPOなど)、大学職員

●主な職種は→研究員、技術職員、事務員、営業

 

分野はどう活かされる?

 

大学院卒では昆虫を扱う技術職が比較的多いが、学部卒で社会人になった学生の職種は、大学での研究内容とは関係の薄いものになっています。公務員や企業などの研究職・技術職に就いた人は、卒論や修論での知識が直接活かせています。

 

 先生の学部・学科はどんなとこ

日本で昆虫といえば沖縄。亜熱帯気候に属する沖縄県は、ヤンバルテナガコガネやコノハチョウなど、マニアでなくても一度は聞いたことがある珍しい昆虫たちの宝庫です。そんな贅沢な自然にかこまれながら、昆虫研究にどっぷりと浸かり、うまくいけば博士号を取得しプロの昆虫研究者にもなれるかもしれない、日本でただ一つの場所がここ琉球大学・農学部・亜熱帯農林環境科学科・生態環境科学コース(通称昆虫学教室)です。

 

現在のスタッフは辻瑞樹(ペンネーム辻和希)教授だけですが、昆虫学教室は学生も含めると20人を超える大所帯です。学生を含めると20人を超える大所帯です。熱帯に近いほど生物の種が多くなる必然から、ここ数年の学生の学位論文の材料もアリ、シロアリ、チョウ、ゴキブリ、甲虫(ホタル、ハムシ、カミキリムシ、クワガタ)、バッタ、ナナフシ、カメムシ、クモ(昆虫ではない!)、グッピー(節足動物ではない!)と多岐にわたっています。研究室の雰囲気をもっと知りたければ、ホームページをご覧ください。

 

 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
 先生からひとこと

琉球大学は「自然大好き」「昆虫大好き」という人が勉強するには絶好の場所です。あなたの昆虫や自然への情熱が学問を極めるための大きな力になります。しかしプロの研究は趣味とは違いますので、職業研究者を目指す人は、昆虫以外の知識も広く習得することが成功の秘訣です。意外に思うかもしれませんが、研究上よく使う知識は英語と数学です。

 

 先生の研究に挑戦しよう

【テーマ例】

・外来種問題:なぜ外来アリは在来のアリを駆逐してしまうのか

・アリの共同行動と分業の仕組み

 

 興味がわいたら~先生おすすめ本

働かないアリに意義がある

長谷川英祐(中経の文庫)

この本は、いわゆるニート問題をアリの行動から生物学的に解釈する道を与え、世間の注目を昆虫科学に集めたことで高く評価できる。「働き者」の代名詞の働きアリは、実はほとんどの時間何もせずだらだら過ごしていること、個体ごとにみるとまったく働いていないものもいることを示し、そしてなぜそうなのか科学的に解き明かそうとしたこと、このような切り口は、高校生の知的好奇心をくすぐると思われる。ただし、昆虫科学という学問の専門的観点からは、内容には誇張や誤りも多いという。 



行動・生態の進化 シリーズ進化学(6)

長谷川真理子、河田雅圭、辻和希、田中嘉成、佐々木顕、長谷川寿一(岩波書店)

動物の中では、ほかの種類の子を育てたりすることが見られる。生物の利他的、社会行動が自然選択の元でどのように進化してきたかについて問い、行動の進化的機能を扱う生物学は、社会生物学または行動生態学と呼ばれる。こうした研究は、遺伝子の視点から生物の行動を数学的に解析し、構築された仮説は実験やフィールドワークによって検証される。この本は進化学の専門書だが、生物の一見不思議な利他的行動や社会的行動や動物と植物の共進化も理解しやすいので、比較的高校生に読みやすいかもしれない。 



博士の愛したジミな昆虫

金子修治、鈴木紀之、安田弘法、大崎直太、東樹宏和、村瀬香、塩尻かおり、辻和希、田中幸一、桐谷圭治(岩波ジュニア新書)

この本には、きれいなアゲハチョウやかっこいいクワガタは出てこない。そのかわりアブラムシ、モンシロチョウ、テントウムシといった身近にいる、どちらかというと地味な虫ばかりが紹介されている。

 

しかし、そんな地味な昆虫にこそ科学で挑むべき重要テーマが隠されていることを、10人の研究者が自身の経験をもとに紹介している。著者らはいずれも虫好きが講じて高じて大学で博士号をとった昆虫博士。研究者という「生き方」と昆虫科学という学問を知る絶好の入門書。 



アリのままでいたい

撮影総監督:栗林慧(東映ビデオ)

昆虫写真家として名高い栗林慧さんが、カブトムシやクワガタ、スズメバチなどが戦う様子を虫たちの目線で撮影した“アリの目カメラ”の映像を使ったビデオ映画。日本の昆虫撮影技術を結集した作品と言える。ボイスキャストには、DAIGO、吉田羊、杉咲花らを起用している。(鴨下潔:監督、DAIGO、吉田羊、杉咲花:声の出演) 



ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物

バート・ヘルドブラー、エドワード・O・ウィルソン 梶山あゆみ:訳(飛鳥新社)

北米から中南米の熱帯雨林帯を中心に棲むハキリアリは、まったく不思議な生態を持っている。ハキリアリの働きアリは列を成して、木に登り、葉を切り落として次々と巣へと運んでいき、地下の巣の広大なスペースに葉を運ぶ。そしてその葉に特殊な菌類を植えつける。植物の葉を栄養源にして菌類は増殖し、キノコに育っていく。ハキリアリはこのキノコをエサにするのだ。この本は、アメリカの2人の世界的昆虫学者によって書かれた。アリという社会性昆虫営む昆虫の超人的能力に関する入門書と言える。 



昆虫はすごい

丸山宗利(光文社新書)

昆虫は、世界の様々な気候、環境に適応しており、種多様性が非常に高い。昆虫綱全体で80万種以上が知られている。これは現在知られている生物種の半分以上に相当する。昆虫は地球の歴史上4億年前、すでに出現している。つまり、人類などとは別の意味で進化的に最も成功した生物が昆虫なのだ。著者はアリと共生する昆虫の多様性解明が専門の昆虫学者。昆虫科学という学問に関する現代の一般的読みものといえばこれ!と言えるだろう。