【応用微生物学】

テーラーメイドの細菌を自由自在に創る:細菌染色体まるごと組換え技術の確立へ

片岡正和先生

 

信州大学

工学部 物質化学科(総合理工学研究科 生命医工学専攻)

 

 どんなことを研究していますか?

細菌の遺伝形質は、交雑によって父母から双方の遺伝子を受け継ぐ我々とは異なり、親株のゲノムの複製によって伝達します。このままでは世代を経ても遺伝的多様性はそれほど変化しませんが、細菌は、細胞分裂でできた別の細菌への遺伝子の水平移動によって、ゲノムを多様化させることが可能です。

 

しかし遺伝子の集積体である染色体まるごとの水平移動は、大腸菌以外では確認されていません。他の多くの細菌でも染色体の水平移動が可能になればゲノムの全貌の理解が進み、遺伝子を大幅かつ自由に操作できるゲノム組換えが可能になると考えられ、これまでの遺伝子組換え技術を飛躍的に進歩させると期待されます。

 

 

細菌の染色体をまるごと移し換える技術の確立を目指す

 

私は、遺伝子水平移動を司る遺伝子を、放線菌と呼ばれる抗生物質などを生産する土壌細菌に挿入することで、高頻度に染色体の組換えを起こせることを発見しました。この成果の延長で、放線菌染色体に含まれる全ゲノムをまるごと水平移動する技術の確立が期待されます。

 

これが実現できれば、そこから抗生物質生産など産業利用されている放線菌の大規模なゲノム編集の道も拓けると考えられ、テーラーメイドの微生物を自由自在に創りだすことが可能になります。この研究は微生物兵器への転用の恐れもありますが、この研究を通してそれに対処することもまた可能です。いずれにしても、高い倫理性が求められる研究です。

 

 

放線菌学会全国大会での若手表彰(一応大会長)
放線菌学会全国大会での若手表彰(一応大会長)
全国から人を集めた研究
全国から人を集めた研究
 この分野はどこで学べる?

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その領域カテゴリーはこちら↓

8.食・農・動植物」の「30.応用・環境微生物学、発酵学」

 


 学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

 

●主な業種は→食品、薬品、生産プロセス、医療機器、化学工業、プラント

●主な職種は→研究、開発、営業、学術、生産

 

分野はどう活かされる?

 

医療機器メーカーで開発営業、製薬で薬品開発、プラントでプロセス設計などに従事しています。狭い専門知識よりも、研究を介して得た論理性と仕事の進め方を、より活かしているようです。

 

 先生の学部・学科はどんなとこ

私の研究室は信州大学工学部ではかなり異質で基礎生命科学の研究をメインにしています。同じ物質化学科では“酵素”とよばれる生体触媒の研究をベースに、持続可能な社会を実現するためバイオマスの研究を進めているグループもあります。また、そこでは信州ならではの農産物の酵素を用いた食品加工の研究もしています。

 

学科は物質化学科ですが、大学院は一般的な化学が中心の物質化学専攻と生命科学が中心の少し新しい系統の生命医工学専攻に進学できます。また、工学部の電子情報や機械系の学科でも、持続可能な食生産を支える農業用ロボットを用いた自動収穫化やリモートセンシングによる収穫時期の検出など、広い意味での生命科学に関する研究をしているグループもあります。 

 

 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
卒業パーティー
卒業パーティー
 先生からひとこと

微生物の多様性を見てみよう:

いろいろな場所から土や水を取ってきて、あるいは食品を洗った水などを培地に撒き、生態環境によって様々な微生物が生息してるのを見てみましょう。

・ブイヨンやコンソメスープに2%程度になるように食用寒天を加えて煮沸、あるいは電子レンジで寒天を溶かす。

・瓶などに底から5 mmから1 cmになるように入れて固める。

・水に懸濁したサンプルを培地上にまき、紙などで蓋をする。

・3-4日後、いろいろな微生物が生えるがサンプルによって生える微生物が大きく違うのを見てみましょう。

 

 先生の研究に挑戦しよう

科学の基本は“楽しむこと”です。人間としての快楽に一つに知識欲求を満たすことがあります。さあ、君たちもミクロコスモスである自身の脳をフルに使って新しいことを始めましょう。現代の生命科学は、生物学はもとより、数学、物理、化学、哲学、倫理学など広範な知識の集合体です。めっちゃ楽しみましょう。

 

 興味がわいたら~先生おすすめ本

生物進化を考える

木村資生(岩波新書)

生命はどのように進化をしてきているのか。確率論的な考え方の確立と、蓋然性という概念を知ることができる本。他にも、生命の連続性の担保と倫理について考えることができます。分子生物学についても詳細を記述しています。



生命とは何か 物理的にみた生細胞

シュレーディンガー 岡小天、鎮目恭夫:訳(岩波文庫)

量子力学を創始し、原子物理学の基礎を築いたノーベル物理学賞受賞者、シュレーディンガーによる、分子生物学の古典的な名著。遺伝のしくみと、染色体行動における物質の構造と法則を解説しています。



偶然と必然 現代生物学の思想的問いかけ

ジャック・モノー 渡辺格、村上光彦:訳(みすず書房)

応用微生物学は、生命を扱う学問である以上、高い倫理感を持ち、生命の仕組みを細胞から個体レベル、さらには集団から生命圏までを理解する必要があります。この本は1970年代に書かれた非常に古い本ですが、今もなお色あせることなく普遍的な生命の誕生の仕組みに関する研究と考察を伝えてくれます。



発酵 ミクロの巨人たちの神秘

小泉武夫(中公新書)

発酵研究の第一人者である著者が、日本の発酵食品について解説しています。他にも、発酵の作用がいかに幅広く活用されているかが紹介されていて、微生物の働きを実生活に即して身近で知ることができます。



分子進化の中立説

木村資生(紀伊國屋書店)

1970年代前半に発表され、分子生物学者や集団遺伝学者の間でダーウィン以降の説として一大センセーションを巻き起こした、木村資生による「分子進化の中立説」。この本は、その説を本人自身が解説したもの。  



もやしもん

石川雅之(イブニングKC)

菌が見える特殊能力を持つ青年が、農大でカビや酵母などの様々な菌に出会う漫画。様々な菌がコミカルにキャラクター化されて描かれており、楽しく菌のことがわかります。発酵について学びたい人の入り口としてうってつけです。



鹿の王

上橋菜穂子(角川文庫)

本屋大賞を取った一般小説ですが、感染症、遺伝子の水平移動、人としての絆などなかなか楽しめます。



サピエンス全史

ユヴァル・ノア・ハラリ 柴田裕之:訳(河出書房新社)

世界のベストセラーです。種の集団としての進化やヒトの進化に果たした耕作の役割、哲学などこの地球に生きるhuman beingとして読むことをおすすめします。