【光工学・光量子科学】

ナノサイズの金属微粒子が集めた光エネルギーで非線形光学効果の実現を

杉田篤史先生

 

静岡大学

工学部 化学バイオ工学科 バイオ応用工学コース(総合科学技術研究科 工学専攻)

 

 どんなことを研究していますか?

光工学・光量子科学分野では、文字通り“光”を使った様々なテクノロジーを研究します。“光”を発生する技術、“光”を観測する技術、そして“光”を伝える技術、この3つの基本要素を融合した技術は、照明器具、デジタルカメラ、ブルーレイレコーダといった家庭用品から、自動車の車内配線、ステンレスの切断などの加工技術、医療診断・治療技術と非常にすそ野の広い領域に及び、光ファイバーは代表的な光を伝えるテクノロジーの一つです。

 

光テクノロジーの中で最も古典的で、かつ現在でも連綿と研究を続けられているものの一つに、光学顕微鏡技術があります。一般的な分子のサイズは数ナノメートルなので、光学顕微鏡では分子1個1個を観測することはできませんが、この限界を克服しようという研究が現在盛んに行われています。

 

2014年度のノーベル化学賞は、極限的に小さなものの観測に挑戦した“超解像度顕微鏡の開発に関する研究”に対して贈られましたが、受賞理由として、この優れた顕微鏡技術が、生命科学の研究の強力なツールとなりうる点が挙げられています。

 

最終目標は、光素子の大幅な小型化、軽量化、省エネルギー化の実現

 

私は、フェムト秒レーザーという少しユニークなレーザーを使って、非線形光学効果という現象について研究しています。フェムト秒レーザーとは、10-15秒オーダーという極限的に短い時間だけ点灯するレーザー光で、瞬間的ですがとても強い光を発生します。

 

一方、非線形光学現象とは、強い光を物質に照射した時にだけ発生する現象で、具体的には当てた光とは異なった色の光に“変換”される現象で、“光子の足し算、引き算”などという言葉を使って説明されます。

 

最も身近な非線形光学の応用例は、緑色のレーザーポインタです。実はレーザーポインタは、人間の目に見えない赤外線のレーザー光を発振し、非線形光学効果を利用して人間の目に見える可視光線に変換しています。

 

金属光沢という言葉が示すように、金属物質は光り輝くことが特徴です。これは、金属物質がすべての波長の光を反射するという性質によります。ところが、金属物質をナノメートルサイズまで縮小していくと、金属光沢は失われ、反対に赤、緑、青といった色彩を呈しますが、この現象は、ナノサイズの金属微粒子が特定の色の光のエネルギーだけを一瞬蓄積することに起因します。

 

この金属微粒子が集めた光のエネルギーを使って非線形光学効果が実現できれば、非線形光学のための光素子の大幅な小型化、軽量化、そして省エネルギー化を達成でき、これが研究の最終的な目標となります。

 

金属ナノ粒子を作製する実験の様子です。埃を除去したクリーンルームでの作業のため、専用のクリーンウェアを着ての実験です。もちろん、実験を主導するのは大学4年生と大学院生です。
金属ナノ粒子を作製する実験の様子です。埃を除去したクリーンルームでの作業のため、専用のクリーンウェアを着ての実験です。もちろん、実験を主導するのは大学4年生と大学院生です。
電子顕微鏡写真。製作した金属ナノ粒子の一例です。写真中の円形に写っている物体が金のナノ粒子でその大きさは100 nm(1nmは 1/10,000,000cm)くらいです。六角形状に並んでいて、ベンゼンのように見えないでしょうか。実際個々の金ナノ粒子を“原子”、6個並べると“分子”と見立てると、原子と分子を繋ぐ共有結合に類似した効果が見られます。
電子顕微鏡写真。製作した金属ナノ粒子の一例です。写真中の円形に写っている物体が金のナノ粒子でその大きさは100 nm(1nmは 1/10,000,000cm)くらいです。六角形状に並んでいて、ベンゼンのように見えないでしょうか。実際個々の金ナノ粒子を“原子”、6個並べると“分子”と見立てると、原子と分子を繋ぐ共有結合に類似した効果が見られます。
 この分野はどこで学べる?

「光工学・光量子科学」学べる大学・研究者はこちら (※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

15.エレクトロニクス・ナノ」の「57.電子デバイス系(ネット家電、ディスプレイ等)」

 


 学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

 

●主な業種は→製造業

●主な職種は→研究、開発、生産技術、生産管理

●業務の特徴は→光を出す技術、光を観測する技術より、光を利用する技術に関わるケースが多いと思います。

 

分野はどう活かされる?

 

光を取り扱ったテクノロジーが広範にわたるように、卒業生の進路も“光にかかわる”という点で共通するものの、幅広い分野にわたっています。例えば、プリンターのトナー(光を当てることによって感光する)の製造、自動車のヘッドランプの設計、光をキャッチするための半導体の開発などが挙げられます。最近は、光技術の医療応用も進んでおり、こうした分野に活躍の場を求める卒業生もいます。

 

 先生の学部・学科はどんなとこ

静岡大学の光技術の研究の伝統は非常に古く、戦前に高柳健次郎名誉教授が、世界で初めて電子式テレビの送受信に成功したことに始まります。電子工学研究所という、地方大学には珍しい付属研究所を併設しています。

 

特定の学科に光工学の教員が集まっているわけではなく、研究所を中心として工学部を構成する5つの学科に光を専門とする教員が所属している点が、本学の光工学の研究の特徴です。小さな大学だけに、学科の垣根を超えて光に携わる教員同士が意見を交わし、新しい光技術の開発を目指して研究活動を行っています。

 

 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
研究風景(レーザー計測)。金属ナノ粒子の性能は、レーザー光を使って試験します。レーザー光は数多くの鏡やレンズを通過した後に金属ナノ粒子に照射します。金属ナノ粒子より現れるごく微弱な光を検出するため、実際の実験は部屋全体を暗くして行います。こちらに写っている2名は大学院生で、新しい光学系の設計について打ち合わせしているところです。
研究風景(レーザー計測)。金属ナノ粒子の性能は、レーザー光を使って試験します。レーザー光は数多くの鏡やレンズを通過した後に金属ナノ粒子に照射します。金属ナノ粒子より現れるごく微弱な光を検出するため、実際の実験は部屋全体を暗くして行います。こちらに写っている2名は大学院生で、新しい光学系の設計について打ち合わせしているところです。
分光器(キセノンランプ)。太陽に似た白色光を出すキセノンランプからの光を分光器(回折格子)に通しました。きれいな虹色が見え、白色光は様々な波長の光が集まったものであるということが確認できます。
分光器(キセノンランプ)。太陽に似た白色光を出すキセノンランプからの光を分光器(回折格子)に通しました。きれいな虹色が見え、白色光は様々な波長の光が集まったものであるということが確認できます。
 先生からひとこと

光工学・光量子科学分野は、光の波動性を説明する「電磁気学」、光の粒子性を説明する「量子光学(量子力学)」という2つの基礎学問から始まります。

 

適切な光の波長(光の色)を選択し、波形(波の形)を駆使することで、先ほど述べたような自然科学 (物理、化学、生物、地学)、暮らし(光インターネット、家電、スマートフォン)、モノづくり(加工、製造)、健康医療(診断、治療)、環境・エネルギー(照明、太陽光発電、環境モニタ)などの広範な分野における諸問題を解決することに貢献できます。

 

純粋に光を楽しみたい、光の不思議に迫りたいという好奇心からこの分野の門を叩き、この分野の学問を究めれば、間違いなく将来独創的なサイエンスやテクノロジーを切り拓くことができるでしょう。

 

 先生の研究に挑戦しよう

金属ナノ粒子の合成は、面白いテーマであると思います。硝酸銀に糖を加えると、ガラス容器の表面に銀の鏡が張られるという、銀鏡反応をご存知の方は多いことでしょう。還元剤の種類などを変えるだけで、ナノサイズの銀粒子を作ることができます。

 

では、ナノサイズの銀粒子が合成されたことを、どのように確認すればよいでしょうか。もちろん、電子顕微鏡を使えばよいのですが、現実的ではありませんね。銀ナノ粒子は、その大きさや形状によって赤、黄、緑といった色彩を示します。粒子のサイズが大きくなるのに従い、色が変化する様子を観測できる点も、この実験の興味深い点であると思います。

 

もっとお手軽な実験として“プリズムシート”と呼ばれる半透明なプラスチックのシートを使って蛍光灯やLED電球を眺めるだけでも面白いし、高校の物理で学ぶ「光」の知識で説明できます。

 

 興味がわいたら~先生おすすめ本

光と物質のふしぎな理論 私の量子電磁力学

リチャード・P.ファインマン、

釜江常好、大貫昌子:訳(岩波現代文庫)

ジブリを高校の物理の教科書に光は“波”であると書かれているが、量子論という考え方に基づくと光は“粒子”としての性質も持ち合わせていて、これを光子と呼ぶ。この本は、光子という概念を、難解な数式を一切使うことなく理解させてくれる。

 

著者のファインマンは、世界中の物理学を志す大学生によって読み継がれており、朝永振一郎博士とともにノーベル賞を受賞している。ファインマン先生の独特の語り口調を味わうだけでも、この本を読む価値は大きい。



光化学の驚異 日本がリードする「次世代技術」の最前線

光化学協会:編(講談社ブルーバックス)

光を使って何ができるのだろう、ということに関心のある人にお勧めの本。光で分子をあやつる方法、光触媒による環境浄化、光で動く「分子モーター」、加工に使うレーザー光など、光化学の研究成果を解説する。光工学の実現には、多くの場合優れた材料は必須。光と化学の接点という観点からも興味深い本だ。