最先端研究を訪ねて


【幾何学】

クライン群と双曲幾何学

大鹿健一先生

 

学習院大学

理学部 数学科(自然科学研究科 数学専攻課程)

 


 

◆研究はどのように着想されましたか

 

クラインは、トポロジーという新しい幾何学の誕生に多大な影響を与えた、19世紀のドイツの数学者です。リーマン、ポアンカレとクラインの幾何学の研究は、アインシュタインの一般相対性理論の数学的な基礎にもなっています。

 

彼は「幾何学の本質は、図形にある変換を施した時、変わらない性質を研究する学問である」と考えました。私の研究動機は、クラインの幾何学の捉え方を前提として、空間の全ての点と方向が同一の性質を持つと仮定した時に、考え得る空間の大域的な全てを分類したいという、素朴な問題意識からでした。

 

◆その後の研究にはどんな進展がありましたか

 

クライン群と双曲幾何学は、アメリカの偉大な数学者サーストーンが1980年代に新しい手法を導入したことで、研究の方向や意識に大きな転換がもたらされました。私は、彼があげた重要な未解決問題のいくつかを解くことを、当面の目標として研究を進めました。

 

◆この研究を通じて、どんな課題が解決されましたか

 

その結果、未解決として残されていた2~3の問題を、30年ぶりに解決しました。これらの問題は「クライン群の変形空間」というものに関するものです。

 

クライン群の変形空間の様子を、完全に理解する。これは、3次元の負定曲率空間…分かりやすく言うと、どこも同じ曲がり方をしている宇宙空間のうち、3角形の内角の和が180度以下になる場合の可能性を、全て把握することになります。

 

◆もう少し具体的に幾何学研究で一番大事なことは何ですか

 

宇宙が均一で、どこも同じ曲がり方をしているのであれば、宇宙はどのような形になりうるのか?これは、アインシュタイン以降における問題です。この場合曲がり方には3通り考えられるのですが、最も難しい部分が負曲率の場合です。この件は、クライン群の変形空間における構造の決定に関わるものです。我々の研究は、その解決のための重要なステップだと自負しています。

 

◆最終的に何を目指しますか

 

上に述べたクライン群の変形空間を決定すること、変形空間の理論とリーマン面の変形理論など、解析的な理論との関連を明らかにすることを通じて、負定曲率の幾何の研究を発展させることが目標です。

 

 この道に進んだきっかけ

私が幾何学、特にトポロジーと呼ばれる研究分野に最初に興味を持ったのは、中学生の頃に「ブルーバックス」で、トポロジーに関する本を読んだことでした。将来の学問の動機づけとなる材料は、学校で習うこと以外にもたくさんあるのではないかと思っています。

 


 この分野はどこで学べる?

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3.地球・宇宙・数学」の「11.数学(解析、代数、幾何、複雑系、離散数学等)」

 


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 学生はどんな研究を?

幾何学的群論、高次元タイヒミュラー理論、AdS空間(反ド・ジッター空間)の理論、位相構造のモジュライなどを研究テーマにしています。いずれも位相幾何学と微分幾何学の接点にある研究ですが、それぞれ独自の研究を進めています。

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

 

・大学・短大・高専等、教育機関・研究機関

・小・中学校、高等学校、専修学校・各種学校等

・金融・保険・証券・ファイナンシャル

・コンピュータ・情報通信機器

 

◆主な職種

 

・大学等研究機関所属の教員・研究者

・中学校・高校教員など

・システムエンジニア

・経理・会計・財務、金融ファイナンス、その他会計・税務・金融系専門職

 


 先生からひとこと

高校生の皆さんにとって幾何学は、中学校から習っている平面のユークリッド幾何のイメージが強いのではないでしょうか。最先端の幾何学では、さらに遥かで豊穣な世界が拓けていることを、知ってほしいと思います。

 


 中高生におすすめ

科学と仮説

ポアンカレ:著 河野伊三郎:訳(岩波文庫)

著者のポアンカレは、フランスの数学者、理論物理学者、科学哲学者。数学、数理物理学、天体力学などにおいて重要な基本原理を確立し、多くの業績を残した。当時の最先端の数学、物理学を仮説や思考実験から分かりやすく紐解いていく一冊である。

 

科学とは何か、その基礎は何かについて考える時、今でも科学思想を扱った論著に広く利用されている。特に非ユークリッド幾何学が自然な考え方であることと、その哲学的帰結について詳しく説明されている。新しい幾何学が新しい哲学をもたらすことを、説得力をもって示している。



共同研究 転向

思想の科学研究会(平凡社)

転向とは、権力による弾圧などによって自分の思想や政治的な主張を変えること。日中戦争前の社会主義運動家の転向から、戦中の自由主義者やキリスト教徒の転向、そして戦後の国家主義者の転向まで、昭和初期から戦後までの日本の知識人の転向の歴史を研究した本。 

 

日本の知識人が権力に迎合してきた歴史を知ることは、現在の社会の状況を理解する上でも、今後の知識人のあるべき姿を考える上でも重要だ。特に若い人たちには、過去の日本の言論界、知識人の惨憺たる歴史から、強大な権力に対する身の処し方について、悪い手本と良い手本の双方を学んでほしい。


空想から科学へ 

エンゲルス:著 石田精一:訳(新日本出版社)

マルクス主義の入門書で、資本主義の発達の後に社会主義が到来するという、マルクスとエンゲルスの歴史観が簡明に書かれている。社会科学的な視点は、自然科学を目指す人にも必要なので、理系の学生にも読んでもらいたい。

 


 先生に一問一答

Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

フランス。共同研究者がいて、しばしば訪れる。数学より一般に文化が大事にされている国に思える。

 

Q2.一番聴いている音楽アーティストは?

ショスタコビッチ。ロバート・ワイアット。

 

Q3.研究以外で楽しいことは?

哲学や文学関係の本を(特にフランス語で)読むこと。