最先端研究を訪ねて


【憲法学】

ドイツの憲法

ドイツと日本の比較憲法学

毛利透先生

 

京都大学

法学部(法学研究科 法政理論専攻)  

 

執筆した本と論文の載った雑誌
執筆した本と論文の載った雑誌

 

◆先生のご研究内容と、その研究を始めたきっかけについて教えてください。

 

日本国憲法は、日本という国をどのように統治するか、その仕組みを定めていますが、私はその歴史や問題点・改善点などを考える「統治機構論」を一つの専門としています。特に、日本と同じく議院内閣制をとっているドイツと日本の統治の仕組みを比較することで、より良い政治のあり方を考えています。

 

きっかけは、1990年代のドイツ留学中に、政権交代のかかった連邦議会選挙を体験したことです。比例代表制でありながら、国民が首相を直接選ぶ機会として選挙が機能していることに強い印象を受けました(ただし、現在では多党化によりこの機能は薄れています)。

 

また、ドイツの首相が単独で基本方針を決定できる権限を持っていることにも驚きました。この権限がきちんと機能するには、政治的な支えが必要なはずです。私は、ドイツの首相の法的権限と政治現実の間にどのような関係があるのかを、歴史的に探究してみようと思いました。

 

また、表現の自由論も主な研究テーマの一つとしています。表現の自由は民主主義にとって不可欠の要素だと考えられていますが、なぜそう言えるのか、どういう意味で不可欠なのかといった基礎理論的研究は、意外に手薄なところがあります。

 

私自身が、表現の自由の保障根拠についての従来の議論に簡単には納得できず、政治哲学の分野にも足を踏み入れて、考察を重ねてきました。このような理論的研究を基盤としつつ、インターネットの普及で変容した言論空間における、へイトスピーチへの対処など表現の自由論の新たな課題にも取り組んでいます。

 

ドイツなど各国も類似した社会環境の変化に直面しつつ模索を続けており、法律や判例の比較検討は、理論的にも日本法の改善のためにも重要な意味を持ちます。

 

 

◆他国と日本の政治を比較することは、なぜ重要なのでしょうか

 

日本の政治の中にいたら見えないことが、実はたくさんあります。例えば、憲法改正について、国民投票を行うためのハードル、いわゆる「発議要件」を緩めようという主張がよくなされています。

 

しかし、国民の意見が直接反映される「直接民主制」には諸外国でも慎重な意見が多いのが現実で、国民が決めるからより民主的だというのは短絡的な考えです。こういうことは、日本の政治を見ているだけではなかなか気づきません。比較法的研究をじっくり行うからこそ、日本の政治制度の問題点が見えてきます。

 

また、へイトスピーチへの対処についても、多くのヨーロッパ諸国はそれを禁止していると言われますが、実際には表現の自由への配慮がなされています。一方、表現の自由を優先させていると言われるアメリカでも、ヘイトスピーチが無制限に認められているわけではありません。このように、諸外国の法的状況を丹念に把握し、その基礎にある法的洞察を見極めることが、日本がとるべき対処を考える際にも重要な意味を持ちます。

 

 この道に進んだきっかけ

高校時代には、倫理や歴史の授業に出てくる思想家の主張を原典で読みたいと思い、岩波文庫をよく読んでいました。それが憲法の研究を志す背景になっていたかも知れません。特にマキャベリの「君主論」は、少なくとも当時の私には「マキャベリズム」というよりも民主主義の価値を示す書物のように思えて、感激した記憶が今なおあります。

 

憲法の研究を志した直接のきっかけは、大学の学部ゼミでの発表のための準備作業が大変面白く、「こんなことを仕事にできればいいな」と考えたことでした。深く考えて憲法のゼミを選んだわけではないので、その場が自分の人生を決めることになったのは、振り返れば不思議な感じがします。

 

その後この世界に入ると、「○○先生の講義に感激して弟子入りしようと思った」とか「従来の学説のこういうところを変えたいと思った」というしっかりした志望動機を持つ方が多く、自分のいい加減さを知って恥ずかしい気持ちもあるのですが、ここでは、研究の道を志す動機は大したものでなくてもよいということを伝えるため(?)正直に書いておきます。

 

法学に限らず、学問の面白さは受け身で講義を聴くだけではなく、第一線での議論を自分で積極的に調査探求して、初めて分かるものだと思います。大学はそういった可能性に開かれた場所ですので、大学生になったらぜひ積極的に活用してほしいです。

 


 この分野はどこで学べる?

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国際シンポジウムにて
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 学生はどんな研究を?

学部のゼミは、学期ごとにテーマを決めて活動し、判例研究や有力学説などの研究をしています。大学院生は、憲法に関する多彩なテーマに取り組んでいます。学説史、法解釈方法論、法秩序論、議会制、執政論などが主要テーマです。

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

  

・金融・保険、証券・ファイナンシャル

・マスコミ(放送、新聞、出版、広告)

・法律・会計・司法書士・特許等事務所等

・大学・短大・高専等、教育機関・研究機関

・官庁、自治体、公的法人、国際機関等

 

◆主な職種

 

・経理・会計・財務、金融・ファイナンス、その他会計・税務・金融系専門職

・法務、知的財産・特許、その他司法業務専門職

・大学等研究機関所属の教員・研究員

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

大学院を修了して研究者になった者は、もちろん憲法の学修を生かしてさらに研究教育に取り組んでいますが、他にも、例えば弁護士になって、憲法の知見を活かして活躍してくれている学生もいます。

 


 先生からひとこと

憲法は、政治的に注目されることが多いですが、学問的に論じるに値する重要なテーマです。どの国でも、先人たちは政治の荒波の中で憲法を学問として論じようと努力してきました。憲法学は、そのような努力の積み重ねとして成立してきたものであり、自由な社会を求める人類の知恵が、集約的に示されていると言えます。

 

 先生の研究に挑戦しよう!

・日本国憲法の改正要件は厳しすぎるという指摘がありますが、どう考えるべきでしょうか。たとえば、国民投票は必須でしょうか。あるいは、国民投票があるなら、国会での発議要件はもっと緩めてもいいでしょうか。

 

この問題を考えるには、そもそも憲法改正の要件を法律制定よりも加重する必要があるのはどうしてなのかを理解する必要があります。また、他の主要な立憲主義国の憲法改正要件との比較も、日本国憲法を評価する際の参考になるでしょう。ただし、各国にはそれぞれの歴史的・社会的事情があることも忘れてはいけません。

 

・日本では、選挙区ごとの一票の価値の格差が長らく問題とされてきました。選挙区ごとの有権者人口に大きな差があると、人口の多い選挙区の有権者の票は軽く扱われていることになるからです。しかし、地方と東京など大都市部の人口格差が増大する中でこの投票価値の平等を追及すると、人口減少地域から当選する議員の数はどんどん減っていくことになります。それでいいのかどうかが大きな政治問題となっています。

 

一票の価値の格差をめぐるこれまでの議論、制度改正を調べたうえで、選挙区割りのあるべき方針について考えてみてください。その際には、憲法43条1項が、国会議員は「全国民を代表する」と定めていること、つまり個々の国会議員は自分が選ばれた選挙区の代表ではないことにも注意してください。

 


 中高生におすすめ

グラフィック憲法入門(第2版)

毛利透(新世社)

18歳から選挙権が認められ、改憲が議論されている今、高校生にも是非読んでもらいたい本。憲法とは、近代国家にとっての憲法とは、日本国憲法とは何かを解説し、さらに日本国憲法が謳う国民主権や平和主義、基本的人権の尊重や法の下の平等などについて、図表をふんだんに使って解説されている。最新の研究動向もふまえられているので、学問としての憲法学のさわりも味わえる。



社会契約論

ジャン=ジャック・ルソー(岩波文庫)

ジャン=ジャック・ルソーは、フランスで活躍した政治哲学者。様々な人々が社会契約に参加して国家を形成するとしたルソーの社会契約論は、フランス革命の導火線ともなった、近代国家の基礎をなす理論である。「一般意思は常に正しい」というような謎の主張を含む名著に何が書いてあるのか。自分で実際に読んでみるに限る。



啓蒙とは何か 他四篇

カント(岩波文庫)

カントは「あえて賢かれ」と説く。賢くなるには勇気がいる。勉学に励む高校生に、賢くなるとはどういうことなのか、立ち止まって考えてほしい。本書は一般向けに書かれた評論集で、現代社会に生きる我々の手引きとして今も色あせない。

 

我々は普通、個人の立場での発言を「私人として」と言い、役職者としての発言を「公の立場で」と言う。しかし、カントは全く逆だという。役職者としての発言は「理性の私的な使用」であり、個人としての発言こそ「理性の公的な使用」だという。

 

この逆転は、「会社のため」「役所のため」といった言い訳での不正が後を絶たない日本社会で、我々が忘れてはならない視点を提供してくれる。



一九八四年

ジョージ・オーウェル(ハヤカワepi文庫)

1949年に刊行された、1984年という近未来を舞台に全体主義国家の悪夢を描いたSFの古典的傑作。主人公たちが住む国は、思想や言語の統制、歴史改竄が行われ、さらに生活の全てが監視される超監視社会である。読者は統制の怖さを知り、監視社会ぶりが現代と不気味に似ていることに驚くことだろう。

 



 先生に一問一答

Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

ドイツ。実際に長期間留学したので、身近に知っている。研究との関連で言えば、政治において憲法の要請が真摯に受け止められている国である。

 

Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は?

『惑星ソラリス』

 

Q3.大学時代の部活・サークルは?

合唱団