【教科教育学】

芸術教育

彫刻の視点から触れて鑑賞!障がいのある人にも「わかりやすい」美術展示

武末裕子先生

 

山梨大学

教育学部 学校教育課程 芸術身体教育コース

 

 出会いの一冊

彫刻とはなにかー特質と限界

ハーバート リード(著)、Herbert Read(原著)、宇佐美英治(翻訳)(日質出版社)

「彫刻は触覚の芸術」この本では彫刻の芸術の特質と限界について歴史的・発生論的な見地、心理学的・美的観点から、検証を試みています。初版は70年ほど前本ですが、彫刻の起源や特質について触覚という視点から考えるきっかけになるでしょう。

 

 


 こんな研究で世界を変えよう!

彫刻の視点から触れて鑑賞!障がいのある人にも「わかりやすい」美術展示

どうして、彫刻は触れられないの?

 

皆さんは美術館に行った時、「触らないでください!」と言われたことはありますか。私はあります。恥ずかしながら、しょっちゅうです。

 

私は彫刻を作り、大学の教育学部でも教師を目指す学生に立体制作の面白さを伝える仕事をしているのですが、いつも「この木はどこで何年生きていたのかな」、「この石はどこでどのように長い時間を過ごしてきたのだろう」、「金属はドロドロに溶かされた時、キラキラと煌いていたのかな」と想いを馳せています。きっとその作品の作者も、素材の魅力を常に体感して、何もないところから作品を生み出していたのだと思うからです。

 

その気持ちを追体験し、手触り・温度・匂い・湿度を感じながら、じっくりと鑑賞することは、作品を理解する上で私たちに新たな視点を示してくれます。

 

実際に、目を閉じて木彫作品を鑑賞すると、柔らかく暖かい木の年輪の起伏を指先で追うことで、その作品に込められた時間を感じ、ノミの起伏に突き当たると、彫っていた作家の息づかいまで感じられます。ざっくり言うと、今私が試みているのは、美術の「触らないで」を、逆に「じっくり触ってみたら」という取り組みです。

 

「手でみる彫刻展」の様子、研究分担者 古屋祥子先生(山梨県立大学)の彫刻作品。奥に見える「触れる彫刻材」も彫刻家たちの協力で作成されました。
「手でみる彫刻展」の様子、研究分担者 古屋祥子先生(山梨県立大学)の彫刻作品。奥に見える「触れる彫刻材」も彫刻家たちの協力で作成されました。
「手でみる彫刻展」では様々な素材に触れて造形・鑑賞できるワークショップに学生とともに取り組んでいます。
「手でみる彫刻展」では様々な素材に触れて造形・鑑賞できるワークショップに学生とともに取り組んでいます。

 

「絵は目が見えなければ鑑賞できませんよね」

 

大学で教える前、東京藝大彫刻科を修了した直後に美術館で学芸員をしていました。小・中学校の生徒さんも多く鑑賞会に来てくれる、地元に愛される美術館でした。

 

ある日、担当していた彫刻展示の鑑賞申し込みが視覚特別支援学校からあったのですが、著作権者からの許可が下りても、触れて鑑賞してもらえる彫刻の数はとても少なかったのです。私は彫刻の魅力を伝えたい気持ちと、作り手の両面の顔があったので、強くもどかしさを感じました。

 

そのような経験もあって、大学で教鞭を取るようになってからは、彫刻に触れて鑑賞しようという「手でみる彫刻展」を、近隣の大学や図書館・美術館と連携しながら学生さんと一緒に開催しています。

 

小さな子どもや障がいのある人も楽しめるように点字を用意したり、制作に使う映像を会場で流したり、と自分たちなりに工夫はしてみたのですが、視覚・聴覚両方の障害を抱える方が鑑賞にいらっしゃった時に「彫刻は触れられるから良いですね。絵は目が見えなければ鑑賞できませんよね。」という感想をいただきました。その言葉が、次の研究のきっかけにつながりました。

 

絵の横に立体レリーフや点字資料を置く試み

 

その後、他大学の先生が声をかけてくださったイタリア彫刻の鋳造法の研究でイタリアの美術館へ調査に行く機会をいただき、訪問した美術館で大きな気づきがありました。そこでは名画の横にその絵の立体レリーフや点字資料が併設されていたのです。その完成度に驚くとともに、「絵」に触れて鑑賞する方法の一つが見つかりました。現在はそのレリーフを作っていたイタリアのアンテロス美術館に全面協力いただき、山梨県内の作品を元に、日伊共同プロジェクトが始動しています。

 

先行研究者や美術館学芸員の助言や彫刻家の協力がなくてはできない取り組みですし、日々学ぶことが多いです。また、一言で「見えない状態」と言ってもその人の経験や障がいの種類によってもまったく感じ方が違うので、その分野の助言者の重要性も感じています。視覚支援学校の児童・生徒さんとの造形活動協力も、そうした視点からも学ぶことが多く、継続して連携していただいています。

 

障がいのある人への配慮は、すべての人への配慮につながる

 

また、この取り組みを始めた頃、出産した子どもの目が開きませんでした。私も「初めてのお母さん」で、その困難さに心底戸惑いました。今は手術で目も開き、視力も回復してきましたが、普段「当たり前」と思っていることは実は「当たり前でないこと」を改めて感じ、鑑賞する人の気持ちを大切にしたいと考えるきっかけにもなりました。「障がいのある人にわかりやすい取り組み」は、実は「みんなにわかりやすい取り組み」につながると感じています。

 

分野を横断する研究は日々学びの連続です。協力者や協力館、そして新鮮な意見をくれる学生たちから刺激を受けて続いています。一緒に考え、学び合える仲間が増えていくことで、多様な人が生きやすい「当たり前」が緩やかに変化してくることを願います。

 

イタリアのアンテロス美術館のロレッタ・セッキ先生(左)に鑑賞の方法を教授いただく様子。ボローニャ大学のリタ・カザティ先生(右)に画題のポーズーを取っていただいています。
イタリアのアンテロス美術館のロレッタ・セッキ先生(左)に鑑賞の方法を教授いただく様子。ボローニャ大学のリタ・カザティ先生(右)に画題のポーズーを取っていただいています。
 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

鑑賞対象の限られた美術表現に対し、多様な個性の人も美術を楽しむ機会を増やし、その方法を国内外の協力者や地域の人と考えることで、社会の中での普及に努めることができると考えています。

 

 先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「地域連携による触覚鑑賞ツールについての調査・開発研究」

詳しくはこちら

 

 どこで学べる?

「教科教育学」学べる大学・研究者はこちら(※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

21.教育・心理」の「85.教科教育、教育指導法、特別支援教育」

 


 先生の講義では

講義初回には

 

身近なところから美術についての関心を持って欲しいので、美術作品に限らず「美しいと思うものは何ですか」という題で、自己紹介がてら学生にスピーチしてもらっています。

  

 もっと先生の研究・研究室を見てみよう

武末先生のページ

 授業で担当しているのは彫刻の実技指導が中心です。土を捏ね、木を彫り、金属を流し込んで、手で自然素材の感触を確かめながら形づくる内容です。発表や鑑賞はあくまでその延長ですが、手を動かして形づくるからこそ気がつくこともあるのではないかと考えています。

 

イタリア国立オメロ美術館のアルド・グラッシーニ代表に自分の作品を鑑賞してもらう研究室学生(市川郁弥)。
イタリア国立オメロ美術館のアルド・グラッシーニ代表に自分の作品を鑑賞してもらう研究室学生(市川郁弥)。

オメロ美術館(http://www.museoomero.it

 

県内ゆかりの彫刻家の協力で展覧会を開催、彫刻家芝田典子氏の作品を鑑賞している子供と学生。
県内ゆかりの彫刻家の協力で展覧会を開催、彫刻家芝田典子氏の作品を鑑賞している子供と学生。
 先輩にはこんな人がいる ~就職

業職種

 

(1)小学校教員

(2)中学校・高校教員など

(3)大学等研究機関所属の教員・研究者

 

◆学んだことはどう生きる?

 

教育学部ですので、小・中高等学校の教育者になる学生が多いです。在学中からアシスタントを勤めてくれていた学生は、同分野の研究職や他大学修士・博士課程にも進学しています。

 

 先生の学部・学科は?

教育学部では幅広い分野が学べます。生活や人の心を豊かにすることが、教育という学びの分野の中心に存在するため、様々な専門性を持つ先生方から横断的な視点を持って学ぶことができます。また、私の専門では、少人数の対面授業で、結果を社会・学校での実践や発表につなげやすいというメリットがあります。

 

 中高生におすすめ ~世界は広いし学びは深い

かがくのとも 2006年 11月号 ぞうをつくる(雑誌)

三沢厚彦(福音館書店)

幼児向けの本ですが、大木から形が現れる、彫刻のダイナミックさが伝わる本です。子どもから大人までおすすめです。地域の子ども図書館等には所蔵があるかもしれません。

 



それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける! 世界の感触を取り戻すために

広瀬浩二郎(小さ子社)

著者は国立民族学博物館の研究者であり全盲の触文化研究者。当事者の視点でコロナ時代の「さわる展示」の「濃厚接触」の意義を問い直しています。 



目の見えない人は世界をどう見ているのか

伊藤亜紗(光文社新書)

著者の素朴な疑問から始まった研究について、わかりやすく記されていて、中高生の頃に読むとさらに視野が広がって良いかと思います。

 


 先生に一問一答

Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

生物学

 

Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

イタリア。素材を大切にする国であり、アートについて深く学べ、インクルーシブ教育についても先進国だからです。

 

Q3.大学時代の部活・サークルは?

弓道

 

Q4.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

 巫女。そこここに心の拠り所がある、日本的な土着信仰のようなものを身近に感じました。

 

Q5.研究以外で楽しいことは?

空き瓶に果物と水のみを入れ、酵母を育て、パンを焼いています。目に見えないものが徐々に目に見える形で変化し、結果的に私たちの体を動かすのは面白いです。一見作ることとは遠いようですが、実はそこはつながっているように感じます。