【教科教育学】

戦後史

授業で軽視されがちな「戦後史」の意義を、いまこそ伝える

小瑶史朗先生

 

弘前大学

教育学部 学校教育教員養成課程 社会科教育講座

 

 出会いの一冊

国際市場で逢いましょう(映画)

ユン・ジェギュン(監督)

「戦後」という言葉から「第二次世界大戦後」をイメージする人が多いかもしれません。しかし、東アジア的な視野に立つと朝鮮戦争もベトナム戦争もあり、それぞれの「戦後」があります。

 

この映画では朝鮮戦争で離散した家族の物語を、その時々の社会情勢を絡めながらユーモラスに、感動的に描いています。韓国で国民的にヒットした作品で、いわば韓国版『ALWAYS 三丁目の夕日』といった性格を持っています。しかし、二つの作品を比べると、日本と韓国が対照的な「戦後」を歩んできたことに気づくはずです。

 

1945年以後の時間を、世界の人々はどのように過ごしてきたのでしょうか。この映画をきっかけに考えてほしいです。

 


 こんな研究で世界を変えよう!

授業で軽視されがちな「戦後史」の意義を、いまこそ伝える

戦後史の学習は軽く扱われてきた

皆さんは、1945年以降の日本社会の歴史をどのように学んできましたか。歴史教科書は、皆さんの好奇心を刺激してくれたでしょうか。また、先生方は、この時代の歴史を熱心に教えてくれたでしょうか。「戦後史」と呼ばれるこの時代の学習は、授業時間数の不足や受験での出題頻度の低さなどから、軽く扱われていることをよく耳にします。

 

戦後史の見直しを迫る出来事が続く

 

教科書を眺めてみると、東西冷戦など「国家」を主語にした話題がとても多く、私たちにとって最も近い過去であるはずなのに、遠く離れた出来事のように感じてしまう人が多いのかもしれません。

 

一方で、近年「戦後史」の見直しを迫る出来事が、相次いで起こっています。2011年3月の福島原子力発電所の事故は「科学技術立国・日本」という自画像を粉砕するとともに、なぜ日本社会は数度の核被害を経てもなお原子力に依存してきたのか、という重い問いを残しました。

 

また、2019年は「徴用工問題」を通じて、敗戦後の日本社会が過去の戦争や植民地支配の被害者たちにどう向き合ってきたかが厳しく問われました。

 

戦後史は、現在の課題を理解するのに重要

 

このように、「戦後史」は現在の日本社会が直面する課題や、今後の進路を考える上で重要な役割を担うはずなのですが、学校教育ではその意義が十分に理解されず、中高生の生活感覚とかけ離れた学習が展開されているように思われます。

 

そこで、これまでの学習を問い直し、中高生の皆さんの生活や「生きること」と切り結ぶような学習のあり方を模索しています。

 

多数の中国人労働者が犠牲となった「花岡事件」を題材に歴史授業を考えるワークショップを開催した。

北東北3大学(岩手大学・秋田大学・弘前大学)が合同で実施、舞台となった秋田県大館市でフィールドワークを行い、真相究明・追悼事業などに尽力してきた「日中不再戦友好碑をまもる会」の方々の話に耳を傾けた。

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

東アジアの人々との信頼構築に寄与したいと考えています。なぜ、敗戦から70年以上が経過した現在も「戦後」という言葉が使われ続けているのでしょうか。その理由の一つに、東アジア諸国との信頼関係が十分に築かれてこなかったことが考えられます。

 

新しいパートナーシップが築かれれば、「戦後100年」「戦後150年」といった言葉は使われないかもしれません。既に韓国の研究者・教師と協力して高校生向けの歴史教材『調べ・考え・歩く 日韓交流の歴史』(明石書店、2020年)という書籍を共同制作しました。こうした教材が教育現場で使われることを願っています。

 


ベルギーのルーベン大学で歴史教科書に関する研究会に参加。

日本と韓国の研究者・教育者で進めた共通歴史教材作成の成果を報告した。

 先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「新時代に対応した戦後史学習のプログラム開発―世代間断絶と東アジアの視座から―」

詳しくはこちら

 

 注目の研究者や研究の大学へ行こう!

大門正克

早稲田大学 教育学部 初等教育学専攻 社会科/教育学研究科 社会科教育専攻

ご専門は日本近現代史(経済史)ですが、近年は「生存」という観点を重視した研究を展開されています。大門先生が提唱する「生存の歴史学」は、歴史教育にも様々な示唆を含んでいると考え、その教育学的含意を探究しています。

大門先生のページ


中西新太郎

関東学院大学 経営学部 経営学科/経済学研究科 経営学専攻

現代日本社会における「若者」の意識・文化を、社会学的視点から研究しています。中西先生の議論を手掛かりにして、中高生がどのような社会的現実を生きているかを探り、それと接点を持たせる歴史学習のあり方を探っています。

中西先生のページ


倉石一郎

京都大学 総合人間学部 共生人間学専攻

周辺的な立場に置かれているマイノリティの子どもたちの教育問題に焦点をあてながら、学校が備える排外性や教育と福祉の関係などに関する研究を進めておられます。学校を福祉的機関と捉えなおす倉石先生の議論を土台にして、これまでとは異なる教師や授業、学力などの意味を思案中です。

倉石先生のページ

 


 どこで学べる?

「教科教育学」学べる大学・研究者はこちら(※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

21.教育・心理」の「85.教科教育、教育指導法、特別支援教育」

 


 先生の講義では

授業名「社会科教育」の最初の講義では

 

最初の授業では社会科を学ばなかったらどんな不都合があるかを考えさせています。そのうえで、この教科が社会参加を促し、歴史的に獲得されてきた諸権利を行使しながら一人ひとりの生活・人生を豊かにするとともに、その基盤となる民主社会の発展を支えるための教科であることを伝えています。

 

 もっと先生の研究・研究室を見てみよう

ゼミ合宿で普天間基地(沖縄県宜野湾市)を見下ろす嘉数高台公園を訪問。沖縄が歩んできた「戦後」への理解を深めた。

 先輩にはこんな人がいる ~就職

◆主な職種

 

(1) 小学校教員

(2) 中学校・高校教員など

(3) 学習支援(塾、フィットネスクラブ、各種教室、通信講座等)の教員、インストラクター

 

◆学んだことはどう生きる?

 

指導した学生の多くは、学校教員として活躍しています。教員養成学部なので、在学中に教員に求められる様々な知識やスキル、倫理観などを身につけるのですが、正規のカリキュラムとは別に、その学生が長い時間をかけて取り組んできたことや、自分の枠を一歩踏み出して挑戦した経験が現場で役立っているという話をよく聞きます。

 

また、自分なりの目標や課題意識が定まると、飛躍的に成長を遂げる姿を何度も目撃してきました。皆さんも、自分に潜在している能力や可能性を勝手に低く見積もらないほうがいいと思います。

 

 先生の学部・学科は?

現在、教員養成系大学・学部では教科専門と教科教育の協働が重要な課題となっています。弘前大学教育学部・社会科教育講座では、専門科学と教科教育の双方のゼミを履修する体制をとっているほか、教育実習や教材研究などでも双方の担当者が協力して学生指導にあたり、専門性と実践力を兼ね備えた教員の養成を目指しています。

 

また、私たちの講座では「フィールドに出る」ことを重視し、学校現場や地域調査に頻繁に出向き、そこを拠点に問いや思考を立ち上げ、リアルな認識を獲得するよう促しています。

 

 中高生におすすめ ~世界は広いし学びは深い

オモニの歌 48歳の夜間中学生

岩井好子(ちくま文庫)

夜間中学校を知っていますか。様々な事情で義務教育を修了できなかった方々に対し、中学校段階の学習機会を提供しています。当事者たちの訴えと、それに寄り添う教師たちの自主的な取り組みを基盤にして制度化されてきました。

 

この本には、大阪の夜間中学校教師だった著者と、在日朝鮮人生徒たちとの教育的な営みの足跡が描かれています。学ぶ機会を失った経緯、それに伴う日常生活での困難、学校での学びの様子などに触れ、植民地支配や戦争が人々の人生をどのように変えたのか、また「学ぶこと」と「生きること」の繋がりを見つめて欲しいです。夜間中学校に通う生徒たちは時代によって変化しています。関心を持った方は、他にどのような人々が学んでいるかも調べてみてください。



新訂ジュニア版 琉球・沖縄史 沖縄をよく知るための歴史教科書

新城俊昭(編集工房東洋企画)

先史時代から現代までの琉球・沖縄の歴史を、中高生向けにわかりやすく記した書籍です。皆さんが学校で使用している歴史教科書によく似た構成をとっているので、読みやすいはずです。ただし、注意深く読むと、時代の区分法や扱われている出来事・人物とその評価など、学校の歴史教科書とは異なる点がたくさん見つかると思います。

 

琉球・沖縄の歴史的な歩みを知るとともに、そうした違いを見つけ出し、その違いが何を意味するかを考えてみてください。皆さんが学校で使用している歴史教科書が、どのような視点を欠落させているかが見えてくるはずです。



990円のジーンズがつくられるのはなぜ? ファストファッションの工場で起こっていること

長田華子(合同出版)

皆さんが身につけている洋服は、どこで、誰が、どのように生産したものでしょうか。大量消費社会で生活していると、消費に追われてばかりで、生産現場の様子を想像する機会は少ないはずです。

 

私たちが日常的に消費しているモノには海外の生産物も多く、過酷な労働条件の下で生産された商品も少なくありません。この本ではジーンズに焦点をあて、そのグローバルな生産・流通体制を詳細に示しながら、労働に従事するバングラデシュの人々の厳しい生活現実に迫っています。

 

『ザ・トゥルーコスト』というドキュメンタリー映画でもこのファストファッション業界の闇が暴かれています。こうした生産する人と消費する人の分断を最初に告発したのが、鶴見良行『バナナと日本人』(岩波書店、1982年)でした。以来、キャットフードやチョコレート、スマートフォンなど様々な商品の背後に潜む矛盾を可視化する取り組みが重ねられてきました。

 

私たちは「消費」を通じて社会に参加しています。とすれば、「消費」を通じて世界を変えられるのかもしれません。

 


 先生に一問一答

Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

芸術系や社会学など、学んでみたい学問はいくつかありますが、若いうちに長期の海外留学をしておくべきだったと後悔しています。人生の中で、健康かつ自由に身動きが取れる時間は多くはないことを痛感している今日この頃です。

 

Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

同じ敗戦国のドイツ。政治指導者の言葉に感銘を受けることが多く、日本の政治家と比較すると大きな落差を感じてしまいます。美味しいビールが安く飲めるのも魅力です。

 

Q3.研究以外で楽しいことは?

娘(6歳)と息子(4歳)の育児を通して、見える世界が広がった気がしています。暇ができると、古本屋で絵本を探しています。

 

Q4.会ってみたい有名人は?

中学・高校時代にサッカーをしてきたので、ロナウドやエムバペなど一流選手のプレーをライブで観戦してみたいです。