【経済学説・経済思想】

歴史をさかのぼり、経済の常識を問い直す~英国哲学の巨人ヒュームの思想史研究

森直人先生

 

高知大学

人文社会科学部 人文社会科学科 国際社会コース(総合人間自然科学研究科 人文社会科学専攻)

 

 どんなことを研究していますか?

誰しも毎日どこかで「経済」に触れています。日常の買い物やアルバイトから、国全体の借金や、円高や、世界的な株価の動きをニュースで見聞きしたり。この経済現象を研究する学問が、経済学です。

 

その中で「経済学説・経済思想」という分野は、経済という不可解な現象について、これまでの歴史の中で生み出されてきた、無数の学説や思想を読み直し、現在を考えるヒントを手に入れようとするものです。経済学という学問の忘れられた過去を発掘・復元する、一種の考古学のような分野と言えるかもしれません。

 

経済学が生まれた18世紀のスコットランドに焦点

 

現在の私たちが経済の常識だと思っていることは、本当に正しい見方なのでしょうか。よく「人間は自分の利益を追求する生き物だから」という表現を目にします。本当でしょうか。こうした経済についての「常識」も、必ずしも科学的に立証されたものではなく、現代経済学の理論を組み立てる過程で生まれたものと考えられます。

 

私は、特に経済学が成立したとされる18世紀のスコットランドに焦点を当て、当時最大の哲学者で歴史家でもある、デイヴィッド・ヒュームという人物の著作を読み直しています。そして私たちが経済の常識だと思っているものが、元々はどのような思想だったのかを探求しています。

 

 この分野はどこで学べる?

「経済学説・経済思想」学べる大学・研究者はこちら (※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

18.社会・法・国際・経済」の「75.経済学、農業経済・開発経済」

 


 学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

 

●主な業種は→地方公務、小売業、福祉事業など

●主な職種は→事務職、営業職など

●業務の特徴は→一定の調査と報告書等の資料作成。また、組織内外との調整・対話など

 

分野はどう活かされる?

 

就職先は様々ですが、卒業生からは「ゼミで学んだ論理的な思考力・表現力が仕事に役立っている」という声を聞きます。私の分野では、かなり難解な過去の思想を、その時代の状況や背景を調べながら読み解いていきます。その中で、ものごとの背景を考える姿勢や、論理的な理解力・思考力・表現力が育まれると考えています。

 

料理人の道に進んだ学生が「論理的な思考力が役に立った」と話してくれました。技術を身体で覚えるだけでなく、技術の意味や習得方法を考え抜くことで、通常よりも遅いスタートを補うことができたと。嬉しい驚きでしたし、大学での学びを本当に活用してくれた例だと思います。

 

 先生の学部・学科はどんなとこ

国際社会コースでは、現代のグローバル社会について、言語・文化・社会の3つの分野から、複合的な学びを提供します。その中で私の担当授業では、現在のグローバル・スタンダードとなっている政治や経済の制度の元々のあり方を、それらが生み出された近世の西欧にさかのぼって考えようとしています。

 

学生自身が考え、対話し、自分の意見を言葉や文章で表現することを重視しています。また、例えば文化人類学の教員とジョイントで授業を行うなど、異なる分野を組み合わせた学びへと、学生を導く試みが特色です。

 

 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
 先生からひとこと

進路を考える時、文系の学問が役に立つかどうかと迷うことがあるかもしれません。私も、人文学や社会科学を大学で学ぶことは、今の日本で意味を持つのかと考えることがあります。

 

その都度思うのですが、人の考えや心のありよう、それを紡いだ詩や物語、人々が暮らす様々な社会のあり方やその複雑な歴史について、人が学び考えるという営みは、この社会からなくなってしまってよいものでしょうか。

 

人が人について考え、社会が社会のあり方を問うことは、人と社会が過去から未来へつながるために不可欠と私は考えます。また、大学という場で学生と教員が共に学び考えることは、この営みの非常に重要な一部分だと思います。

 

私自身は研究も教育もまだ力不足ですが、「文系の学問」が学ぶに値することには確信があります。進路を考える時には、皆さんにご自身の関心に従ってほしいと願っています。

 

 先生の研究に挑戦しよう

高校の「政治・経済」で学ぶ内容を「世界史」の内容とつなげて考えてみましょう。例えば、政治・経済では「議会制民主主義」について学びますが、この議会という制度は、いつ、どこで、どのように生まれたものでしょうか。

 

世界史を詳しく調べると、議会の形成は、現代の民主主義よりずっと古く、またかつての議会のあり方が、現代の議会制民主主義にも影響を与えていることがわかってくると思います。憲法も、三権分立も、あるいは租税も金融も、現代の社会をつくる制度や思想には、すべてそれ自体の歴史があります。公民と歴史を「つないで考える」ことを、ぜひ試してみてほしいと思います。

 

 興味がわいたら~先生おすすめ本

越境スタディーズ 人文学・社会科学の視点から

岩佐和幸、岩佐光広、森直人:編(リーブル出版)

森直人先生ほか、高知大学人文学部の研究プロジェクトから生まれた本。「越境」というテーマで、現代のグローバル社会、日本、そして高知という地域について、分野横断的に考える。

 

そこには、言語学や文化人類学、文学、社会学、地域経済学といった、様々な分野の知見が凝縮されている。将来の学びを考える高校生の皆さんには、人文学・社会科学の様々な分野のあり方を身近な形で知ってもらえるだろう。



新版 論文の教室 レポートから卒論まで

戸田山和久(NHKブックス)

「論文とは何か、論文を書くとはどういうことか」を本質的に、しかもわかりやすく教えてくれる本。論文を書くための詳細な技術も身につけられる。また、それが学問そのものについても理解を助けてくれる。

 

同じ著者・名古屋大学の戸田山和久先生の『科学哲学の冒険―サイエンスの目的と方法をさぐる(NHKブックス)』も、文系・理系双方の高校生にとって、学問の理解を助けるおすすめの本だ。



社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」

マックス・ヴェーバー 富永祐治、立野保男:訳、折原浩:補訳(岩波文庫)

「すべてを説明できる唯一の理論」などを作ることは、経済も含め、社会科学の領域ではできないということを明確にした本。また、そうした理論をなぜ作れないのか、その事実にどう向き合うべきなのかが、深く考え抜かれている。

 

マックス・ヴェーバーは高校生にはやや難しいが、経済思想、社会思想史を学ぶにあたり非常に重要な本なのでおすすめしてみたい。



ヒストリエ

岩明均(講談社)

古代ギリシアが舞台、アレクサンドロス大王に仕えた書記官・エウメネスの物語。思想家アリストテレスなども登場する。個人や集団がそれぞれの背景・文脈・世界観に束縛されつつ、相互に作用を及ぼし合って歴史を形作っていく描写が、とても興味深い作品だ。(ただし、物語上、残酷な描写があるため、苦手な人にはお勧めできないので注意してほしい。)