【超高層物理学】
地球に紐付いた宇宙「ジオスペース」を観測する
笠羽康正先生
東北大学
理学部 宇宙地球物理学科 地球物理学コース(理学研究科 地球物理学専攻/惑星プラズマ・大気研究センター)
地球の大気と宇宙空間の接する超高層大気圏は、またの名を、「ジオスペース」といいます。地球に重力や磁場でつながり、大気から流れ出した酸素などの原子が溢れる身近な宇宙空間です。極域で明るく輝くオーロラも、この領域にそのエネルギー源があります。
2016年、私たち日本の研究者は、ジオスペース探査衛星「Arase」を打ち上げました。この目的は、ジオスペース、特に放射線帯(バンアレン帯)を満たす高エネルギー粒子、そして電場・磁場がそれらの粒子を作り出す仕組みの解明です。ジオスペースは、空気抵抗を無視できるぐらい希薄なため、人工衛星や宇宙ステーションが周遊する領域でもあります。ときにこれら人類の宇宙活動への脅威となり、また美しいオーロラを生むだす地球を取り巻く高エネルギー活動の詳しい理解の解明を進めています。
この研究分野では、人工衛星・宇宙望遠鏡・惑星探査機に観測装置を載せて観測を進めるとともに、これを写真にある東北大・飯館電波望遠鏡をはじめとする地上観測と計算機による大規模計算研究に結びつけて行います。
地球では、「Arase」に私たちが提供した電場・電波観測装置を搭載しています。オーロラ活動などのエネルギー源である電場の発生場所と大きさをとらえ、またその活動結果である電波活動で全体規模をとらえます。
また、木星では、2022年に打ち上げを目指す欧州木星探査機「JUICE」の開発に参加中です。氷でできた地殻の下に広がる海、生命の居住可能環境を満たす可能性がある領域を秘めた木星の衛星群を、木星の激しい活動と併せて詳細に調べることが目標です。
惑星を赤外線で観測する
もう一つの仕事は、惑星を赤外線で観測することです。地球・惑星の大気や表面は低温で、すべてが高温でばらばらの原子になってしまう恒星とは違い、分子の気体や固体からできています。分子はその振動・回転によって、赤外線を吸収したり放射したりできます。その観測によって見えてくる惑星の物質情報は、惑星の変動と進化を探るうえで最重要の手掛りになります。十分に濃い物質を低温で維持できる惑星という存在は、有機物質を含む複雑な分子の化学反応を進行させることができる、宇宙でも稀で貴重な場所です。我々生命が惑星の上で生まれることができたのは、これが理由です。赤外線は、分子に満ち溢れた「惑星」という貴重な世界を探るのに最適な手段の一つなのです。
その研究は、地上からですと、ハワイ島マウナケア山頂にあるスバル望遠鏡などの巨大望遠鏡、そしてより観測を柔軟に行なえるマウイ島ハレアカラ山頂の東北大中小望遠鏡を組み合わせて行います。宇宙からですと、日本の「あかつき」探査機や「ひさき」望遠鏡衛星、そしてイタリア・ベルギー等の研究者と共同による欧火星探査機で進めています。
一般的な傾向は?
●主な業種は→大学・高専など教育機関、JAXAなど研究開発機関、航空宇宙産業、社会システム産業、マスコミ・公務員など
●主な職種は→大学/高専/高校教員、研究職、技術開発職、記者・行政・技官など
●業務の特徴は→基礎研究・教育、光・電波関連技術の開発、数値シミュレーション技術の開発、衛星・電力など社会システム、科学・技術知見も生かす報道・行政など
分野はどう活かされる?
我々の分野は、気象庁がデータを取ってくれる分野ではないので、機器や数値コードを開発しながら研究を進めます。この開発経験を生かして、光・電波機器、数値計算技術、大規模システムの開発といった方面に就職する方が多いです。企業では研究よりも実際の「社会システム」を構築する方向へ行く人が多いですが、我々の活動が「地球・惑星システム全体を扱うマクロ」な視点で行うものだからでしょう。マスコミ・公務員へ向かう人がいるのも同様の理由です。一方、教育・研究職は、大学院での研究活動の延長です。その能力を遺憾なく発揮し、国際的に活躍する人も数多くおります。
東北大の「宇宙地球物理学科 地球物理学コース」(地球物理学専攻)は、「固体系(地震・火山)」「流体系(気象・海洋)」そして「太陽惑星系」の3グループからなります。学部2回生後半に、物理系全体から「物理・地球物理・天文」に分かれます(地球物理は30名程度)。3回生の最後に研究室が決まり、それまでの吸収一辺倒の生活から、晴れて「何かを生産する」側になります。我々「太陽惑星系」に来る学部生は10名程度。大部分が大学院に進みますが、そこでは他大学出身のメンバーも加わります。
私たち「太陽惑星系」は、地球の上層大気を含む太陽系全域の過去・現在・未来を対象とし、物理的な手法を軸とした研究を行います。気球や人工衛星・惑星探査機や国内・ハワイ・極地などに展開する望遠鏡群を駆使した観測研究を、大規模な数値シミュレーション研究と組み合わせて、両輪で「地球、惑星、太陽、天体の大気の変動・進化の解明」を軸とした研究活動を進めます。大学院生は、国内外の研究者に結びついた活発な活動で学位を取得することになります。
飛翔体観測では、日本の中核グループとしてその大発展に寄与してきました。現在、磁気圏観測衛星「Geotail」、金星周回機「あかつき」に参加。また紫外線望遠鏡衛星「ひさき」、放射線帯観測衛星「Arase」、日欧共同水星周回機「BepiColombo」に観測装置を開発搭載。さらに欧木星探査計画「JUICE」や火星圏探査機「MMX」に載せる観測装置の開発も担っています。米(火星探査機MAVENなど)、欧(火星探査機Mars Express、ExoMars Trace Gas Orbiterなど)の探査機も利用し、国際的なネットワークの中で研究を進めています。
世界的にもユニークな「惑星観測専用望遠鏡群」を持つことも特長です。福島県・飯館や宮城県・蔵王などに、太陽惑星電波望遠鏡を展開しています。また、ハワイ・ハレアカラ山頂に40cm・60cm望遠鏡を展開し、世界的にも貴重な木星などの連続観測を進めています。ハワイでの活動は、国際共同で進める惑星・系外惑星専用望遠鏡PLANETS(口径1.8m)の建設にもつながっています。
数値モデル研究では、下層の濃い大気から宇宙空間へと至る全エリアを結合できる複数の数値モデルを組み合わせて活用しています。惑星の表面や内部による影響も受ける下層大気の擾乱、物質の化学変化、そして惑星全体へ伝搬、さらには太陽や惑星間空間の影響による上層大気の擾乱や流出といった現象は、限られた観測情報だけでは全貌をつかめません。数値モデルと観測情報を結合して初めて、隠れた全体像が見えてきます。
私は理学部を出て、工学部で学位をとり、工学部の教員とJAXAで工学面の仕事も経たうえで、理学部で仕事をするようになった、というやや珍しい経歴です。
そういう経歴を経た者としてのこの仕事への感想は以下のとおりです。
* 国内も、世界でも、研究人口が少ない。世界中の全関係者とほぼ知り合える。
* 望遠鏡・気球・ロケット・衛星・計算機、どれでも好きなものに絡める。
* メーカーも含め、出会う人たちの範囲が広い。多様な人・組織・技術につながる。
* 「直接手が届く、人類の最前線」が仕事場。どこに言っても世間話のネタにしやすい。
こうした分野に興味がある方へ:
自分がやる事については、「労働者」ではなく「修行僧」でもなく、「指揮者」です。一人で沈思黙考するのではなく、「走りながら、ともに考えましょう」、「考えながら、ともに走りましょう」。人と渡り合い、共に生長し、時に助け感謝され、そして助けてもらい感謝しましょう。サイエンスは、共同作業です。私たちは、仲間をお待ちしています。
人工衛星・惑星探査機や一部の地上観測のデータは、世界的に公開されています。計算機をいじれ、知的好奇心・知的体力が十二分にある人なら、高校生でも実際に仕事をしてみることは可能です。「データ表示ツール」(Google Earthの惑星版みたいなもの)等は、一般的な情報技術の延長線上ですので、楽しむだけであれば、広範な科学知識を必ずしも前提としません。例えば、私は、欧州の宇宙機関・研究者・会社によるローバー視点で火星表層・大気の状態を3次元表示するツール開発に協力したこともあります。まさに「Google Mars」のようなものです。
生命の星の条件を探る
阿部豊(文藝春秋)
地球以外の天体で生命体はまだ見つかっていない。この本はその謎に迫っていく。宇宙には水素は大量にあり、また酸素も相当にある。なので、この二つが結合してできる「水」も実は宇宙には大量にある。実際、太陽系でも、木星・土星などを回る衛星のいくつかは「氷」でできている。とはいえ、近年、地球によく似た系外惑星が発見されているが、地球のような“海がちょっとある惑星”を作るのは結構難しい。想像以上に、地球は絶妙なバランスで成立してきたというわけだ。どういう条件なら「地球のような惑星」になりうるのか。地球でも使う惑星大気シミュレーションを駆使しながら、地球・惑星の知識を総合して調べていくことで見えてくる良書である。
地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか 太陽活動から読み解く地球の過去・現在・未来
宮原ひろ子(DOJIN選書)
著者は太陽物理学、宇宙線物理学、そして宇宙気候学が専門。宇宙気候学とは、地球の気候変動に対する宇宙現象の影響を研究対象とした学問のこと。この本はそれに立脚し、地球気候の長期変動と太陽活動との関係をていねいに書いている。この関係は簡単に紐付けできないのだが、その現状認識を知る良書の一つ。
太陽と地球のふしぎな関係 絶対君主と無力なしもべ
上出洋介(講談社ブルーバックス)
宇宙天気予報というものがある。日本では、1988年に情報提供が開始され、公式ウェブサイト上で公表されている。晴れ・雨・曇りなどを予想する普通の天気予報と異なり、黒点に代表される太陽活動の増減がもたらす太陽風や磁気嵐などの状況を把握し、それがもたらす宇宙放射線などの影響を予測するものだ。また、宇宙天気が生み出すオーロラなど多様な地球への影響も紹介。太陽が持つ圧倒的な地球への影響力を語ってくれる。
植物が出現し、気候を変えた
デイヴィッド・ビアリング 西田佐知子:訳(みすず書房)
植物といえばおとなしい存在と思いがちだが、この本は、植物が地球大気の変動と進化において主役級の存在であり、地球の景観や気候をダイナミックに作りかえ、また惑星規模の変動に対応して進化を遂げてきたと述べる。著者は植物生理学、古生物学、進化生物学、地球科学を統合する若き旗手と知られる。生命溢れる地球でしか起き得ない惑星の進化史を示す刺激的な本だ。
ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質
ナシーム・ニコラス・タレブ 望月衛:訳(ダイヤモンド社)
『ブラック・スワン』とは、金融市場において、事前にほとんど予想できないが、起きた時の衝撃が破壊的に大きな事象のことをいう。この言葉は、認識論学者で元ヘッジファンド運用者としての経験を持つナシーム・ニコラス・タレブが、2006年に刊行したこの本がもとになっている。2008年に起こった世界的金融危機「リーマンショック」を予測していたと話題を呼んだ本で、「未来はある程度予測でき、リスクは避けられる」という認識を独特の語り口で切り崩してしまう。幅広い分野に登場する「時間変化する複雑なシステム」が共通に秘めるもろさに焦点を当てる本だ。上下巻で出ている。