最先端研究を訪ねて


【生物物理・化学物理・ソフトマターの物理】

滴の融合・分離

印象派物理学で、滴・泡、切り紙、クモの巣など身近な現象に潜むシンプルな本質をつかみ取る! 

奥村剛先生

 

お茶の水女子大学

理学部 物理学科(人間文化創成科学研究科 理学専攻)

 

切り紙 紙に規則的なパターンで切り込みを入れて「切り紙」を作り、引っ張ったところ。普通の紙は、ほとんど伸びないが、切り紙は大きく伸びる。
切り紙 紙に規則的なパターンで切り込みを入れて「切り紙」を作り、引っ張ったところ。普通の紙は、ほとんど伸びないが、切り紙は大きく伸びる。

Isobe & Okumura, Sci Rep., 2016, http://www.nature.com/articles/srep24758より転載(CC BY 4.0)


 

◆研究の着想のきっかけは何ですか

 

ノーベル物理学賞を受賞したドゥジェンヌ教授とパリで共同研究をする機会に恵まれ、身近な現象の背後に潜むシンプルで本質的な原理を導き出している現場に、衝撃を受けました。

 

ドゥジェンヌ教授は、物理学の印象派(印象派物理学)とも呼ばれる、敢えて枝葉末節を省いて本質を明らかにする手法で「ソフトマター」という新しい学問分野を切り開いていたのです。

 

これをきっかけに帰国後、学生たちと身近な現象を対象として実験を始めました。目の前の現象の面白さに引き込まれていく学生に恵まれ、オリジナルな着眼点を得て、実験と理論を行き来しつつ、目の前の現象に潜む物理を、印象派の手法で解明してきました。

 

 

◆どんな研究ですか

 

私たちは、印象派物理学の手法によって、滴やバブルの生成や消滅などの時間変化、切り紙を伸ばしたときの変形メカニズム、砂の集合体の中でモノを動かしたときの抵抗力、クモの巣・真珠などの自然界に見られる構造の丈夫さなどを対象に研究しています。とても身近な現象がどうして起こるのか、実験と物理理論の一致を明確に示すことに努めています。

 

一例を挙げれば、雨粒が水たまりに落ちると、滴は水たまりの中の水と融合して、水たまりの一部となります。また、よく締めなかった水道の蛇口からは、滴がしたたり落ちます。

 

これらは誰もが日常目にする身近な現象であり、それぞれ、滴の融合、滴の分離と呼ばれます。しかし、この「滴の融合・分離」の研究に潜む数々のシンプルな原理の解明が本格的に始まったのは、実はごく最近のことなのです。私たちは、意外にもよくわかっていない、この「滴の融合・分離」に潜むいくつかのシンプルな原理とその美しい数理構造を解明しました。

 

◆どんなことがわかりましたか

 

身の周りの世界にも、そこで起こっている現象の枝葉末節を大胆に取り除くと、シンプルな法則がいくつも転がっていることがわかってきました。そして、ひとたびシンプルな法則が浮かび上がると、その裏には、必ずシンプルで直感的な物理的な答えが潜んでいることを明らかにしました。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

私たちの行っている研究は、基礎科学とも呼ばれ、研究者の好奇心が駆動力となって行われており、すぐに社会に役立つかどうかは重要ではありません。

 

今日の重要な科学技術基盤の多くは、このような人間の文化的な活動があって生まれてきたものです。コンピューターの半導体技術は量子力学に基づき、GPSはアインシュタインの一般相対性理論に基づき、液晶ディスプレイはソフトマターの基礎研究に基づくのです。

 

ですから、人類にとってこのような活動は、目先の重要性にとらわれずに続け、次の世代へ受け継いでいかなくてはならない素性のものです。このことをよく理解して、研究者たちが好奇心に基づいた研究を存分にすることこそが、この課題に貢献します。

 


 この道に進んだきっかけ

中学の物理で力学を学んだときに、それまでに経験がないほど、全く理解ができませんでした。でも、受験勉強を始めて、深く考え直すことで、理解できるようになり、また、少ない事柄からすべてを導けることを知り、物理が大好きになりました。日夜、こんな思考をすること自体が職業にできたらよいなと思い、脇目も振らず一直線に研究者を目指しました。

 

私は、もともと理論を専門にする研究者でしたが、小学生から大学生にかけて、天体望遠鏡の鏡を磨いたり、星を追尾するための機械やその駆動装置を自作したり、天体写真を撮ったりしていました。このような経験が、自分の研究室で実験研究を開始するのにとても役立ちました。

 


 この分野はどこで学べる?

「生物物理・化学物理・ソフトマターの物理」学べる大学・研究者はこちら (※みらいぶっくへ)

 

☆興味のあることから、どんな分野や学問があるか知りたい人はこちら

→「関心のある言葉・話題から分野・テーマへ

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
「バブルの引きちぎれ」:厚みが数ミリの薄いセルに油を入れて、空気と油の界面の近くから(セルの厚みより少し薄い厚みを持つ)半径1センチくらいの円板を落とした時の様子。円板に引きずられて空気が油の中に入り込み、やがて引きちぎれて分離し、バブルができている。
「バブルの引きちぎれ」:厚みが数ミリの薄いセルに油を入れて、空気と油の界面の近くから(セルの厚みより少し薄い厚みを持つ)半径1センチくらいの円板を落とした時の様子。円板に引きずられて空気が油の中に入り込み、やがて引きちぎれて分離し、バブルができている。

Nakazato, Yamagishi, & Okumura, Phys. Rev. Fluids., 2018, https://journals.aps.org/prfluids/abstract/10.1103/PhysRevFluids.3.054004より転載(CC BY 4.0)

 学生はどんな研究を?

学生たちは、印象派物理学の立場から様々な「ソフトマター」のテーマの研究に取り組んでいます。例えば表面張力や濡れ現象、滴やバブルの動力学、砂の集合体(粉粒体)の物理、天然複合材料、ポリマー材料などの強靭性などです。

 

「ソフトマター」とは、皆さんにも身近な砂山、そして高校では化学で登場する、プラスチック(高分子)、液晶、コロイド、ゴム、ゲルなど、液体とも固体ともつかないすべて物質のことです。たとえば、プラスチックやゴムは固体ではないのか、思うかもしれませんが、物理学では固体とは結晶構造を持ったものであり、これらは、規則正しい結晶構造を持たないのです。ですから、皆さんの周りのものは「人体」を含めほとんど「ソフトマター」なのです。

 

この言葉が使われるようになったのは、様々な「ソフトマター」について先駆的な研究を展開してきた故ドゥジェンヌ教授が1991年にノーベル物理学賞を受賞したときに、その受賞講演を「ソフトマター」というタイトルで行ったからです。その後、「ソフトマター」は物理と化学にまたがる分野名としても定着してきています。なお、表面張力や濡れ現象はソフトマターの研究にとても重要なため、ソフトマター分野のトピックスです。

 

 OB(OG)はどんなところに就職?

◆主な業種

 

・広く製造業

  

◆主な職種

 

・研究・開発

  

◆学んだことはどう生きる? 

 

大学の助教になり、大学で行っていた研究と同じ分野の研究を継続しているOGもいますし、企業の第一線で、大学での研究と非常に近い研究に取り組んでいるOGもいます。また、中学高校の物理教員になっているOGもいます。

 


 先生からひとこと

学科定員が20名ほどの少人数で、学生と教員の距離が近いことが大きな特色でしょう。10ほどの研究室のうちの2つが、ソフトマター物理学に関係した研究を行っています。本学の物理学科は、ソフトマター物理学分野の研究者によく知られています。

 

 先生の研究に挑戦しよう!

・コップをきれいに洗って水を半分くらい入れて机に置き、水面がコップに接するあたりで水面が水平面から盛り上がっているを観察してみる。この現象が表面張力という力によってどのように説明されるのか調べてみよう。

 

・洗面器に水を半分くらい入れ、1円玉をそっとその表面にのせ、浮かべてみよう。なぜ浮かぶのか、表面張力を使って考えてみよう。

 


 中高生におすすめ

印象派物理学入門 日常にひそむ美しい法則

奥村剛(日本評論社)

しずく、あわ、切り紙からクモの巣まで、身近な自然現象の物理的本質を、西洋絵画の印象派における、あえて詳細を描かずに美の本質を際立たせる手法を模した、印象派物理学によって解き明かしている。

 

細かな数式には目をつむり、高校1年までの知識をもとに、最先端の研究内容をそのまま理解できるよう解説した、全く新しいタイプの物理学入門書。

 

理論の説明だけでなく、各自が手軽にできる「実験」もコラムで紹介されているので、自分の目で見たことを今度は数式で理解する面白さも味わうことができる。

 



 先生に一問一答

Q1.一番聴いている音楽アーティストは?

Millet、あいみょん、サカナクション

 

Q2.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

スキースクールのコーチ。アルバイトをきっかけに、スキー教師の資格も取りました。スポーツの指導は、自分が試行錯誤して言葉を選んで、その言葉がはまった時には相手の喜びが直に伝わってきて、研究の喜びと似たところがあるのです。

 

Q3.研究以外で楽しいことは?

バックカントリースキー。リフトのない雪山を自分の足で登って好きなように滑ることで、山スキーとも言います。まだ誰も踏み入っていない冬山に登り、全方位、遮るもののない視界を得て、そこから自由に滑るのは、ゲレンデとは全く違った次元の快感です。