最先端研究を訪ねて


【気象・海洋物理・陸水学】

氷河変動

熱水で氷を掘削し、氷河変動のメカニズムを探る

杉山慎先生

 

北海道大学

環境科学院 地球圏科学専攻/低温科学研究所

 

南米アルゼンチンのパタゴニア・ウプサラ氷河にて
南米アルゼンチンのパタゴニア・ウプサラ氷河にて

 

◆研究のきっかけは何でしょうか

 

私は、南米大陸最南端のパタゴニア、南極、北極のグリーンランドなどで、氷河の研究を行っています。氷河の底は、氷が滑り、融け、水が流れる重要な場所ですが、厚い氷の裏側を覗くのは困難です。そこで私たちは、熱水ジェットで氷を融かしながら、氷河の底まで孔を掘って観測を行っています。

 

この「熱水掘削」は、世界でも限られた研究機関が保有する、ユニークな技術です。2010年にはこの技術を使って、パタゴニアで世界初の熱水掘削を実施しました。またその経験を活かして、南極でも氷河の掘削と観測を行っています。歴史ある日本の南極観測隊に参加することで、これまでよりも大規模で困難な、南極での氷河観測が実現したのです。

 

 

◆どんなことが、わかりましたか

 

パタゴニアでは、厚さ500メートルの氷河を底面まで掘削して、水圧を測定しました。その結果、氷河の融け水が底面の水圧を上げ、氷河が流れる速度をコントロールしていることが明らかになりました。具体的には、氷河がよく融ける日中から夕方にかけて水圧が上昇し、氷河の流動速度が倍増することがわかりました。

 

南極では、氷河が海に張り出している「棚氷」と呼ばれるところで、約400メートルの氷を掘削しました。その結果、棚氷下の海洋環境と氷の裏側の融解が明らかになった他、暗く冷たい環境に生息する生物を発見しました。

 

◆その研究が進むとどうなりますか

 

温暖化の影響を受けて、世界中で氷河が縮小しています。氷河の底面環境によってコントロールされる、氷の動きを理解することによって、氷河変動のメカニズムを理解することができます。そのような理解によって、将来や過去の氷河変動をより正確に予測・再現できるようになります。

 

また氷河の底は観測が非常に難しく、直接的な観測はほとんど行われていません。将来的には世界各地の氷河底面を観測して、極限環境の知られざる生態系を発見できたら素晴らしいですね。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

私は南極、北極、高い山を覆う巨大な氷のかたまり「氷河氷床」を研究しています。氷河氷床が融ければ、陸上環境や水資源に影響があり、融け水が海に流れ込むことで海水準が上がり、海洋環境に大きな変化が生じます。

 

氷河氷床の変動とそのメカニズムを明らかにすることで、現在の環境変化の把握と将来予測を行い、適切な対応を行うための情報を提供します。

 

 きっかけ

大学院を卒業して化学会社に勤めたのですが、自然がいっぱいの土地だったので、山登りが大好きになりました。毎週末に山へ通っているうちに、自然の中で仕事ができないだろうか、と考え始めました。

 

当時は光ファイバーの研究開発をしていたので、山岳ガイドはちょっと難しいけれど、氷の研究なら何とかなるかもしれないと思い、氷河の研究を選びました。ひとつひとつ山を登った達成感と成功体験が、コツコツと努力すればどこかに到達できる、という自信につながったようにも思います。

 


 この分野はどこで学べる?

「気象・海洋物理・陸水学」学べる大学・研究者はこちら (※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

1.環境・防災」の「1.気象・海洋、地震・津波、火山、防災・復興学」

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
グリーンランドでは海外の研究者と共同で野外観測を行っています。
グリーンランドでは海外の研究者と共同で野外観測を行っています。
 学生はどんな研究を?

氷河の変動に関する研究をしています。例えば、グリーンランド、南極、パタゴニアなどで、氷河の大きさの変化、降雪量や氷の融解量、氷河と海・湖の相互作用などのテーマに取り組んでいます。

 

海外の氷河へ出かけて、極地での野外観測を目指す学生がほとんどです。最近は人工衛星データの技術が進んだので、宇宙から氷河を測定したデータの解析も、重要な研究のひとつです。

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

 

・コンサルタント・学術系研究所

・大学・短大・高専等、教育機関・研究機関

・官庁、自治体、公的法人、国際機関等

 

◆主な職種

 

・基礎・応用研究・先行開発

・コンサルタント(ビジネス系等)

・大学等研究機関所属の教員・研究者

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

氷河での観測経験を生かして、気象予報会社や環境系のコンサルティング会社で活躍する学生が最も多いです。その他、海外での研究活動や野外観測の経験、コンピュータの技術や知識を活かして、航空会社、海上保安庁、公務員、システムエンジニアなど、様々な分野で活躍しています。

 


 先生からひとこと

北海道大学低温科学研究所・環境科学院では、極域科学を総合的に学ぶための大学院生向け教育プログラム「南極学カリキュラム」を実施しています。スイスでの氷河実習、北海道での海氷や積雪の実習など、国内外での野外実習に特色のあるプログラムです。

 

また、南極観測に経験を持つ教員や、海外から招聘した第一線の研究者による、特別講義も開講しています。実習・講義群から所定の単位を取得した学生には「Diploma of Antarctic Science(南極学修了証書)」が授与されます。これまでに10名を超える修了者が、南極へ渡り観測を行う夢をかなえており、南極・北極研究者の登竜門としての役割を果たしています。

南極大学カリキュラムHP

 

 先生の研究に挑戦しよう!

・南極大陸は地球最大の氷のかたまり「南極氷床」に覆われています。この氷が全て融けて海に流れ込むと、海水面がどのくらい上がるか調べてみましょう。

 

・冬に積もる雪が、夏に融ける雪よりも多いと、雪が溜まって氷となって氷河が生まれます。南極やパタゴニアは氷河が成長する代表的な地域です。それ以外に、世界のどんな場所に氷河があるか調べてみましょう。

 


 中高生におすすめ

南極の氷に何が起きているか 気候変動と氷床の科学

杉山慎(中公新書)

私の最新刊です。地球最大の氷のかたまり、南極氷床。その氷が今、増えているのか減っているのか、将来の変動とその地球環境の影響など、最新の知見を解説しました。図もたくさん掲載していますので、楽しんで読んでもらえると思います。



なぞの宝庫・南極大陸 100万年前の地球を読む

飯塚芳徳、杉山慎、澤柿教伸、的場澄人(技術評論社)

厳しい環境ゆえ、地球の原初の姿をそのまま私たちに伝えてくれる、南極大陸。南極の氷河氷床ができあがる過程には、長い時間にわたる地球の環境変動が刻みこまれています。だからこそ、南極研究には大きな意味があるのです。南極研究の歴史と、最新の研究成果を通して、南極の雄大な歴史の一端を知ることができる一冊です。



 先生に一問一答

Q1.一番聴いている音楽アーティストは?

最近は忌野清志郎の音楽を聴いています。「Jump」がおすすめです。

 

Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は?

「翔んで埼玉」。飛行機で観て笑いをこらえるのが大変でした。三谷幸喜さんの映画も面白くて大好きです。

 

Q3.研究以外で楽しいことは?

裏山でのスキー(札幌に住んでいるので)とオートバイ通勤(夏だけ)。