最先端研究を訪ねて


【応用物性】

磁気センサ

コンピュータのメモリ容量を飛躍的に増大し、心臓や脳の磁場も検出可能な磁気抵抗センサを開発

大兼幹彦先生

 

東北大学

工学部 電気情報物理工学科(工学研究科 応用物理学専攻)

 

実験装置
実験装置

 

◆どのような研究でしょうか

 

コンピュータのハードディスクと呼ばれる記憶装置は、たくさんの微小磁石の向きを制御することで、情報を記録する仕組みを形成しています。情報をより高密度に記録するためには、小さな磁界を高感度に検出する、磁気センサが必要になります。

 

そのセンサは、磁気抵抗素子というものが最も有効とされています。私たちは、非常に高品質なある合金材料を、磁性金属として用いることで、世界最高性能を持った磁気抵抗センサの開発に成功しました。新しい磁気抵抗素子は、次世代のハードディスクへの応用に、大きな期待が持たれています。

 

 

◆どんな成果が上がりましたか

 

磁気抵抗とは、素子にかかる磁場が増すことで、電気の流れ方が変化することを言います。これにより、ハードディスクの記憶容量が飛躍的に増大します。この現象は1990年代に2人の物理学者によって発見され、2007年ノーベル物理学賞を受賞しています。

 

これが契機となって、スピンという電子の持つ磁石の性質に注目した「スピントロニクス」という研究領域が誕生し、21世紀の新しいエレクトロニクスの門戸を開きました。ただし大容量化といっても、当時の磁気抵抗が変化する割合は、まだ10%程度と低いものでした。これに対し我々の開発した磁気センサは、抵抗の変化率が75%まで飛躍的に向上しました。

 

◆その研究が進むと何が良いでしょうか

 

この数値がどれくらいすごいかというと、現行のハードディスクの20倍以上の容量に相当する、1平方インチ当たり5テラビットという記録密度が可能になります。分かりやすく言えば、コンピュータの記憶装置は、現在のギガサイズよりも1ランクサイズ大きな時代に突入するのです。

 

さらに磁気抵抗センサの高感度化が進めば、微弱な生体磁場なども検出することが可能になり、その応用範囲は圧倒的に広がります。現在では、ヒトの脳磁場を測定することにも成功しています。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

私が研究している磁気抵抗センサは、極めて微弱な磁場を、高精度に測定することができます。ヒトの心臓の磁場を簡便に測定できるので、心臓病の早期発見が可能になり、数万人もの心疾患患者を救う可能性があります。

 

また、コンクリート中の鉄筋劣化を非破壊で検出できるので、インフラ構造物が低コストで検査可能になり、強靭な社会の実現に貢献できます。さらに、蓄電池等の電流を高精度に測定できるので、エネルギーを効率的にマネジメントするための素子としても応用できます。

 

 この道に進んだきっかけ

私が行っている研究テーマは、大学時代の恩師であり、巨大な磁気抵抗効果の発見者である宮﨑照宣先生から頂いたものです。

 

大学4年生で宮﨑研究室に配属され、最初に与えられた研究テーマは、磁気抵抗効果に関するものでした。研究者として初めて取り組んだテーマを、約25年間にも渡って継続するというのは極めて稀であり、先生の先見の明に驚くとともに、感謝の気持ちで一杯です。磁気抵抗センサを用いた脳磁計・心磁計を実現することで、先生に恩返しをしたいと考えています。

 


 この分野はどこで学べる?

「応用物性」学べる大学・研究者はこちら (※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

15.エレクトロニクス・ナノ」の「60.物性物理・量子物理、半導体、電子関連材料」

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
磁気抵抗センサを用いた脳磁計
磁気抵抗センサを用いた脳磁計
 学生はどんな研究を?

多くの学生は、磁気センサ素子の高感度化に取り組んでいます。心臓や脳などの微弱な磁界は、超伝導を利用した素子でも測定できます。しかし、残念ながら超伝導は低温に冷却する必要があるため、装置が大型化し、コストも高くなります。

 

私たちの磁気センサ素子は室温で動作することから、これらの課題を解決できる可能性があり、実現できれば大きなインパクトがあります。

 

磁気センサ素子以外のテーマでは、基礎的なテーマとして新しい磁性材料の開発や、物理現象の解明など、挑戦的な課題に取り組んでいます。

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

  

・自動車・機器、電気機械・機器(重電系は除く)

・コンピュータ・情報通信機器、医療機器

・鉄鋼、セラミクス、ガラス、炭素、金属製品

・化学・化粧品・繊維/化学工業製品・衣料・石油製品(プラントは除く)

・法律・会計・司法書士・特許等事務所等

・大学・短大・高専等、教育機関・研究機関

・官庁、自治体、公的法人、国際機関等

 

◆主な職種

  

・基礎・応用研究、先行開発

・設計・開発

・製造・施工

・品質管理・評価

・技術系企画・調査、コンサルタント

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

応用物理学は非常に幅広い領域をカバーする学問分野なので、就職先は様々であることが特徴です。「潰しが効く」人財とも言えます。もちろん、大学院の修士課程や博士課程に進学すれば、大学で学んだ専門性を生かした職業に就く方もいます。

 

現在、多くの卒業生が大手電機メーカー等で、磁気メモリや磁気センサの開発に携わっています。また、博士を修了した学生の中には、大学や研究所の研究者として、スピントロニクス分野の中心となり活躍している方もいます。

 


 先生からひとこと

応用物理学は、量子力学を中心とする基礎科学と、材料物性に軸足を持つ学問です。急速かつ多様に進んでいる最先端の科学技術の社会では、研究者は工学応用から基礎物理までの幅広い知識を身につける必要があります。

 

当専攻の学生は、幅広い分野の基礎から最先端の応用までを、系統的に学んでいます。物理の基礎を幅広く得ることができるので、就職先の選択は多様です。また、博士課程に進学し、アカデミックの分野で活躍されている卒業生も多いです。

 

またスピントロニクス分野は、応用物理領域の中でも特に注目を浴びており、さらに東北大学の研究レベルは、世界トップです。

 


 中高生におすすめ

スピントロニクスの基礎 磁気の直観的理解をめざして

宮﨑照宣、土浦宏紀(森北出版)

電子は、電荷を持つだけでなく、自転(スピン)するという性質も有する。この電荷と電子スピンの両方を利用した新技術が、スピントロニクス。スピントロニクスを理解するためには、電子の運動である磁性についての理解が欠かせない。

 

特に「磁性の基礎」「磁性材料」「磁気デバイス」についての理解が必要だが、それらをすべてカバーしているのが本書。スピントロニクスの研究を始めたばかりの学生、新たに勉強を始めたい方々の入門書として。



二十一世紀を生きる君たちへ

司馬遼太郎(世界文化社)

「自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている」。宗教心が薄い日本人にとって、大切なのは道徳と哲学。特に互いに助け合う心、自然を敬う心は、大学の科学者にも求められる大事な素質だ。

 

本書は歴史家・司馬遼太郎が若い人々に向けて送ったエールであり、何かに迷った時には自分の生を見つめ直す機会を与えてくれる。本書を読んで、大学を選ぶ前にまず自分がどう生きるべきかを考えてみて欲しい。



地底旅行

ジュール・ヴェルヌ(岩波文庫)

時は19世紀のドイツ。鉱物学者であるリーデンブロック教授は、16世紀の錬金術師のものと思われる古文書の暗号を解読、「火山の火口を下りていけば地球の中心に到達できる」というメッセージを得て、アイスランドの火山口から地底に潜り、地球の中心を目指す。著者は「SFの父」と呼ばれる、ジュール・ヴェルヌである。小説だが、研究者の原点とは未知なるものへの好奇心や冒険心にある、と気づかせてくれる好著。



キッズペディア 地球館 生命の星のひみつ

神奈川県立生命の星・地球博物館:監修(小学館)

子どもたちの「なに?なぜ?」という疑問や興味について解説するビジュアル百科だが、子ども向けの図鑑とバカにしてはいけない。地球の「過去・現在・未来」に興味が湧くような内容が満載だ。

 

地球全体が凍結する「スノーボールアース」と呼ばれる時期のこと、今後起こると言われている南海トラフ地震のメカニズムなどを、最新の研究成果に基づいて解説している。地球の壮大な歴史を本書で感じられたら、自分たちが創るべき未来を考えるきっかけになるかもしれない。

 



 先生に一問一答

Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

哲学(人間や自然の根源を、科学とは別角度で考えてみたい)

 

Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は?

『ライフ・イズ・ビューティフル』(子供を無償の愛で守る父親に感動。自分も見習いたい)

 

Q3.熱中したゲームは?

ポケモン(研究者にはコレクターの方が多いと思います)