最先端研究を訪ねて


【数学基礎・応用数学】

数理腫瘍学

新しい社会に呼応した医学・医療を実現する、応用数学を使った悪性がん研究「数理腫瘍学」

鈴木貴先生

 

大阪大学

数理・データ科学教育研究センター(MMDS)  

 

国際研究集会の開催、教科書の出版、スタディグループでの実践を通して、数々の研究課題の解決を進め、本領域で活用した数理腫瘍学の方法を、基礎医学実験室で活用できる人材の育成に努めてきました
国際研究集会の開催、教科書の出版、スタディグループでの実践を通して、数々の研究課題の解決を進め、本領域で活用した数理腫瘍学の方法を、基礎医学実験室で活用できる人材の育成に努めてきました

 

◆研究のきっかけは何ですか

 

悪性がんは、我が国をはじめ先進諸国で死因の第1位を占めます。基礎と臨床の両面で活発な研究が進められていますが、がんの制圧に数理科学を使いたいという声も、医学研究者や医療関係者の間でだんだん増えています。そういう方々とお話ししていくうちに、がん研究に数理モデルやデータサイエンスを応用することが、とても大切だと考えるようになりました。

 

私たちは、基礎医学研究者、臨床医、データサイエンティストと協力して、様々な共同研究を実施してきました。その過程で、がんを診療し治療するために、応用数学を使った数多くの方策が明らかになってきました。

 

私たちの研究は、今では「数理腫瘍学」という新しい研究分野として、医学研究者の間に広く認められています。数理腫瘍学によって、これまで予想もできなかったような医学的な成果が得られるとともに、開発した数理的方法を研究に活用する、実験医学研究室も増えてきています。

 

 

◆どんなことができるようになりましたか

 

数理腫瘍学は、数学の世界で研究されてきた理論を使って、医学の問題を解決していきます。臨床研究では、患者の医療画像やカルテなどの大量のデータを取り込み、高速で正確な診断を行います。

 

がんの悪性度をトポロジーという数学の言葉で表して、患者の病状を示す大量で多様な数値をデータサイエンスで分析することや、数式を使ってがんが悪性化する様子をコンピュータ上で視覚化して、がんが成長する状況を予測することができるようになりました。また、実験で予想された生命の営みを数式で表し、コンピュータで数値実験することで、基礎医学研究が大幅に進展できるようになっています。

 

◆到達目標を教えてください

 

応用数学を使った悪性がんの研究がさらに発展すると、実験や臨床データの背後にある生命現象が明らかになります。それによって、これまで予想できなかった患者の将来や、新しい治療薬の可能性を予測できるようになるでしょう。

 

医療現場で、患者とその家族、医師に加え、数理モデルやAIを駆使する数学者・データサイエンティストの3者が意見を交換しながら治療を進めていくことで、Society5.0と呼ばれる、新しい社会に呼応した医学や医療を実現することが到達目標です。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

「衣食足りて礼節あり」とあります。環境と融和し、当たり前に生きていくことができる社会の実現が、すべての問題解決の根源となります。数理モデルとデータサイエンスは、その駆動エンジンとなりえます。

 

多彩な可能性が秘められていますが、データサイエンスで現実を知り、数理モデルでその仕組みを記述するというほんの初歩だけでも、問題が明確化され、課題解決が見えてきます。現実に対処できるよう、数学研究も変えていかなければなりません。

 


 この道に進んだきっかけ

中学・高校時代は、自分というものを実現するために数学というものがあったように思います。いくつかの考え方の基本が、その時にしっかりと根付きました。

 

大学時代は、成熟を待つ時であったでしょうか。数学科というというところで現代数学に取り組み、多くの素晴らしい友人と出会うことができたのは、夢のようでした。苦労しましたが大学院に進めたので、生涯の師と出会うことができました。今でもそうですが、苦しいけれども数学を続けてきてよかったです。

 


 この分野はどこで学べる?

「数学基礎・応用数学」学べる大学・研究者はこちら (※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

3.地球・宇宙・数学」の「11.数学(解析、代数、幾何、複雑系、離散数学等)」

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
 学生はどんな研究を?

細胞生物学の実験研究室と共同して、細胞内のシグナル伝達経路や、細胞分化の数理モデルを構築します。また、シミュレーション(コンピュータによる模擬実験)を用いて、これまで説明できなかった実験データの意味を解明しています。具体的な生命現象の対象として、学生が現在取り組んでいるのは、代謝系、薬剤耐性、血管新生、ストレス応答、細胞運動、臓器間の相互作用などです。

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

 

・ソフトウエア・情報システム開発

・大学・短大・高専等、教育機関・研究機関

・コンピュータ・情報通信機器

・医療機器

・鉄鋼

 

◆主な職種

 

・基礎・応用研究・先行開発

・設計・開発

・システムエンジニア

・大学等研究機関所属の教員・研究者

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

数理・データ科学教育研究センター(MMDS)は全学部生向けに、データサイエンスと数理モデルのコースを提供しています。受講生は数理科学や情報科学を専攻している学生も多く、これらの学生はデータサイエンス、数理モデリング、数値シミュレーション、プログラミングの知識を生かし、活躍する業種や業務は多岐に渡っています。

 

数理腫瘍学の研究を継続している例としては、研究室で応用数学を研究した後、他大学での数理科学のポスドクとして生物学実験に携わり、理化学研究所研究員を経て、北海道大学で数学者として職を得た卒業生がいます。また、全国の大学院生や社会人を受け入れ、医学研究と連動した数理腫瘍学研究の指導をしていますが、これらの受講生は修了後、所属する大学や企業で、数理腫瘍学の研究に携わっています。

 


 先生からひとこと

現代数学には、大学生の時でないと頭にすっと入ってこないような事柄も、たくさんあります。一方で、情報科学や生命科学は日進月歩です。専門の人、先輩、後輩と交流して視野を広め、学問の楽しさを体験してください。

 

 先生の研究に挑戦しよう!

・ネット情報で細胞内のシグナル伝達の異常が引き起こす病気を調べる

・シグナル伝達経路を詳細に調べて図を作成する

・その図を簡略化する

・どの経路が切断されたり付け加えられたりすると悪性化が進んだり抑えられたりするか予想する

そこから少し高度になりますが

・数式を使ったモデルを作る

・計算機のアプリを使ったりプログラムを作ってシミュレーションする

・悪性化についての予想が正しいかどうかモデルを変更して確認する

 


 先生に一問一答

Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

数学です。

 

Q2.一番聴いている音楽アーティストは?

クラシックで恐縮ですが、ブルックナーばかり聴いています。最近は時々バッハに戻っています。

 

Q3.感動した映画は?印象に残っている映画は?

『A Beautiful Mind』 が印象に残っています。主人公のNashとは3か月くらい一緒のところにいて、時々お話しすることがありました。映画よりもタイトルにある「冠詞」の意味を今でも考え続けています。