最先端研究を訪ねて


【神経化学・神経薬理学】

脳神経細胞

脳神経細胞はどのように成長するのか、そのプロセスを解明!脳の再生医療に貢献する

五十嵐道弘先生

 

新潟大学

医学部 医学科(医歯学総合研究科 分子細胞医学専攻)

 

クリーンベンチ作業
クリーンベンチ作業

 

◆研究のきっかけは何ですか

 

人間の脳は、個々の神経細胞を繋ぎネットワークを形成することで、高度な精神活動を行っています。この連絡を行う場所を、シナプスと言います。若い神経細胞の先端で、シナプスの成長因子であるタンパク質が働き、シナプスが正しく作られることがわかっています。これらの仕組みは、神経細胞が成長し脳が形作られるのに必須なのです。

 

神経細胞が成長する過程は、今日まで様々な方法で調べられてきました。しかし、通常の光学顕微鏡では限界がありました。狭い領域に多数の脳内物質がひしめいている状態であり、個別の神経細胞の成長に必要なタンパク質の動きを見ることは困難でした。そこで私は、この課題の解決に挑みました。

 

 

◆どんな成果が上がりましたか

 

そのために、全く新しい超解像度の顕微鏡を用いました。生きている神経系細胞の中で、タンパク質が神経の成長に対しどのように動いているか、その動きを追跡しました。

 

その結果、神経の成長に関わる小胞(細胞の中にあり、物質を輸送する役割を果たす場所です)以外の場所で、タンパク質が立体的に移動していることを発見できました。これまでの定説とは全く違う結果だったので、かなり驚きました。これらのタンパク質の移動が、効率的な脳神経の成長に必須と考えられます。

 

 

◆その研究が進むと何が良いでしょう

 

脳の成り立ちを、より理解できるようになります。特に現状では、脳がダメージを受けると、再生することは困難です。しかし、この研究を進めることで、脳の再生医療が進展する可能性もあります。今後の到達目標は、困難な多くの脳の病気を治すための新しい方法を見つけ出すことです。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

飢餓をゼロにするのはさすがに難しいが、ヒトの代謝を研究することで、より効率的な栄養の摂取、より効率的な栄養素の開発などに着手できれば、ヒトの栄養状況もかなり変わることが想定できると思います。

 

脳・神経系の発達の研究を行っていますが、ヒトが脳・神経系を、他の臓器よりも守るためにてエネルギーを消費しているのは明らかです。そこで、若年の神経細胞と老化した神経細胞の分子レベルの比較を行い、特徴を明らかにすることで、そのような目標に近づくと考えています。

 


 この道に進んだきっかけ

中学時代は、数学や化学が好きになりましたが、今のような仕事は思っていませんでした。但し、研究者という立場を考えたのは、その頃だったと思います。高校の「生物」で、生命現象はATPという非常に単純な物質で担われていると知り、驚きました。それ以降、生化学という今の専門分野を考えるようになりました。

 

脳の研究については、精神疾患の治療薬が、モノアミンというこれも比較的単純な物質に作用する薬物であると、大学2年後半に知って驚いた点がスタートです。

 

大学院時代の研究テーマは「糖脂質の軸索内輸送」というもので、あまり興味が持てなかったのですが、最近10年で糖鎖の研究から神経の再生や、脂質の研究から神経の発達に結びついた研究が展開でき、そのような不思議な研究テーマの「輪廻」のような、運命的なものを感じます。

 


 この分野はどこで学べる?

「神経化学・神経薬理学」学べる大学・研究者はこちら(※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

9.基礎医学・先端医療バイオ」の「32.神経科学、脳科学」

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
顕微鏡を操作している様子
顕微鏡を操作している様子
 学生はどんな研究を?

神経成長・再生に関わる、新たな細胞内情報伝達の仕組みの研究に取り組んでいます。

 


 先生からひとこと

脳・神経系では、まだわからないことがたくさんあります。最近、シナプスの働きに必要なタンパク質が一通りわかってきて、脳の働きや脳・神経系の病気について、新しい重要な発見が次々に出てきました。しかし、まだ手掛かりが出始めた程度のことで、これから解決しなければならないことが数多くあるのです。

 


 中高生におすすめ

「代謝」がわかれば身体がわかる

大平万里(光文社新書)

人間の身体の基本機能であり、ダイエットなどのうたい文句で身近に取り上げられることも多い代謝は、古くて新しい研究テーマである。最近は、脳のような複雑な機能や、様々な病気の理解・治療法の開発においても、代謝との関連が研究されつつある。本書は生命現象を化学的な言葉で読み解いた入門書であり、理系はもちろん、文系の人にも理解しやすい。



脳の探求者ラモニ・カハール スペインの輝ける星

萬年甫(中公新書)

脳の研究者として初めてノーベル医学・生理学賞を受賞した、ラモニ・カハール。寒村の貧しい環境の幼少期にありながら、顕微鏡に夢中になり、やがて独創的な学問を築き上げるに至る。「ニューロン説」など、現代医学、神経学の基盤となる知見を確立していった過程を描く。医学、神経学だけでなく、学問とは何か、学問を志すことの面白さとは何かを知ることができる。

 



唯脳論

養老孟司(ちくま学芸文庫)

脳科学に関する、極めて真面目な入門書。言語、時間、意識といった哲学の問題と脳機能の関係を、著者の専門である解剖学の立場から議論している。文系の人も興味深く読めるだろう。



論語

金谷治:訳注(岩波文庫)

今から2500年も前に「人間はどう生きるべきか」を真剣に考えた、孔子と弟子の言行録。少しも古さを感じさせない。孔子の偉大さを痛感するだろう。漢文と読み下し文が読みづらければ、現代語訳だけを読んでもいいだろう。学問、教育、人生、仕事、人間関係など、人生のあらゆる局面で役立つ真理が、ぎっしりと詰め込まれている。

 



 先生に一問一答

Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

もともと歴史が好きで、今も好きなので、日本史とか東洋史とか。

 

Q2.熱中したゲームは?

最近ブームで嬉しいですが「将棋」です。ただ、昔とものすごく戦法が変わっていますけど。

 

Q3.研究以外で楽しいことは?

能楽(脳・狂言)は20年来鑑賞しています。あと、平和を守るためには戦争がなぜ起こったか、その理由を知る必要があると思って、戦争の歴史の本を読んでいます。