最先端研究を訪ねて


【物理化学】

金属クラスター

金属の塊を究極まで小さくすると、非金属的な新しい性質が出現する?

佃達哉先生

 

東京大学

理学部 化学科(理学系研究科 化学専攻)

 

合成した金属クラスターの3Dモデル(中央の黄色い部分が金原子)
合成した金属クラスターの3Dモデル(中央の黄色い部分が金原子)

 

◆どんなことで研究を着想しましたか

 

着想の原点は「金属の塊をどんどん小さくしていくと、どの段階で金属としての性質が失われ、どんな未知の性質が現れてくるのだろうか」という素朴な疑問です。

 

この疑問に答えるために選んだ研究対象は、金属原子が数個から数百個集まってできた「金属クラスター」(語源は、葡萄のふさです)と呼ばれる超微粒子です。金属クラスターを用いて、ナノメートル(100万分の1ミリメートル)スケールの物質の科学を切り開きたいと考えました。

 

 

◆研究方法やアプローチはどのようなものですか?

 

まず、溶液中で金属イオンを還元することで金属原子を会合させ、金属クラスターを合成します。次に、合成した金属クラスターを大きさごとにふるい分けした後に、1粒ごとの質量を測定し、含まれている金属原子数を決定します。

 

この方法によって、特定の個数(「魔法数」と呼ばれています)の原子でできた金属クラスターが特別な安定性を示すことを、2005年に世界で初めて示しました。さらに、単結晶X線回折という方法を用いて、金属クラスターの中で金属原子がどのように配列しているのかを明らかにしています。

 

最後に、得られた金属微粒子が示す特異的な光学的特性(光吸収や発光)や触媒性能を探索し、なぜそのような物性や機能が発現するのか、どうすればそれらを制御できるかを探求しています。

 

◆得られた知見はどのようなものですか

 

上記の研究を通して、金属クラスターが一般的な原子と似た電子軌道を持つことがわかってきました。そこで私たちは、これを「超原子」と呼んで、新しい周期表として体系化することを進めています。

 

また、究極まで微細化された金属クラスターは、発光などの現象を示し、様々な物質変換を可能とする触媒として働くことが明らかになりつつあります。

 

金属クラスターを、原子に代わる機能単位として用いた新しい物質群が創出できるものと期待されます。私たちの取り組みは、いわば「ナノテクノロジーを駆使した錬金術」と言えます。

 

 この道に進んだきっかけ

京都で浪人している時、京大の福井謙一先生のノーベル化学賞受賞のニュースに触れ、化学研究という生き方があることを初めて知り、アカデミアでの研究者を目指すことに決めました。大学では留年もしながら、なんとか念願の化学科に進学しましたが、修士課程の時に参加した学会で自信を喪失し、企業に就職することにしました。

 

それを指導教員に報告した際に「絵が上手いしセンスがありそうなので、もう少し研究に打ち込んでみてから進路を決めたらどうか」との言葉をいただき、就職内定を辞退して、博士課程に進学しました。博士号取得後に大学で職を得た後も、自分の感性や直感を信じて、自分にしかできない研究テーマを探しています。

 


 この分野はどこで学べる?

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その領域カテゴリーはこちら↓

17.化学・化学工学」の「67.物理化学、分子デバイス化学(液晶、光触媒等)」

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
実験室での1コマ
実験室での1コマ
 学生はどんな研究を?

研究室には、学部4年生から博士課程3年生まで合計20~25名程度が所属しています。出身の国や大学も様々です。金属クラスターを対象として、大きく分けて2つの研究テーマに取り組んでいます。

 

1つ目のテーマは、金属クラスターの精密合成と構造評価です。金属クラスターを原子精度で精密に合成し、その幾何構造を様々な手法で明らかにしています。市販の最先端機器だけでなく、世界に1台しかない自作の実験装置を駆使して、独自性の高い評価を行なっています。

 

2つ目のテーマは、金属クラスターの光学特性や触媒特性の評価・探索です 。金属クラスターならではの性質を炙り出し、なぜそのような性質が発現するのかを解明し、性能を向上するための設計指針を提示することを目指しています。

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

 

・自動車・機器

・化学・化粧品・繊維/化学工業製品・衣料・石油製品(プラントは除く)

・電気・ガス・水道・熱器供給業

・大学・短大・高専等、教育機関・研究機関

・官庁、自治体、公的法人、国際機関等

 

◆主な職種

 

・基礎・応用研究・先行開発

・大学等研究機関所属の教員・研究者

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

在学中は、ナノ物質の化学合成、幾何構造の解析、光学特性や触媒活性の評価に関する先端技術を身につけることができます。これに加えて、取り組むべき課題をどうやって見つけて解決するかに対して、個人として、またチームの一員として、どう関わるかを身につけることができます。

 


 先生からひとこと

私の研究室は、物理化学という分野に分類されます。従来の物理化学という学問分野は、精密で先端的な計測に主眼が置かれますが、モノづくりにも力を入れて、類を見ない研究を展開したいと思っています。

 

研究は総合格闘技なので、枠を狭めず色々なことを貪欲に吸収し、どんなに小さいことであれ、世界で1番という自分の拠り所を持つことが大事だと思います。

 

 先生の研究に挑戦しよう!

直径が数ナノメートル以上の球形の金(ゴールド)の微粒子は、赤い色をしており、ステンドグラスなどの装飾品にも使われています。金の微粒子は、その大きさや形状に応じて黄色、橙色、茶色、紫色、緑色など様々な色を呈します。一般に物質に色がついて見えるのはどんな原理なのか、金微粒子の色が大きさや形状に応じて異なるのはなぜなのか、考えてみよう。

 


 中高生におすすめ

学問の創造

福井謙一(朝日文庫)

化学反応に関する理論研究で、日本人として初のノーベル化学賞に輝いた著者・福井謙一。自然に親しんだ幼少期から、フロンティア軌道理論でノーベル賞を受賞するまでの道のりを振り返ったのが、本書である。紙と鉛筆があれば化学を研究できることを知り、化学研究をなりわいとする学者の生き方に触れる機会を与えてくれる一冊。人によっては、人生の方向を決める本になるかもしれない。


堕落論

坂口安吾(新潮文庫)

旧来の価値観が崩壊した戦後という時代の中で人々が救われるためには、生きて、堕ちていくことが必要であると訴える。人間は堕落していくが、永遠に堕ちぬくことができるほど強くない。しかし、おしきせの道徳や倫理に頼らずに自らの堕落を見つめ続け、堕ちきった先には新たな価値観が生まれてくると説く。たくましく生きようという、清々しい気持ちになれる作品である。

 



 先生に一問一答

Q1.一番聴いている音楽アーティストは?

ザ・ブルーハーツ、ブランキー・ジェット・シティー、ザ・ジャム、尾崎豊、キンモクセイ、ザ・モッズ、ウェス・モンゴメリー、プリンセス プリンセス、奥田民生、山口百恵、ブラック・サバス、A.R.B.、須藤薫、馬場俊英、ビル・エバンス、ダイアナ・クラール

 

Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は?

『ゴッドファーザー』『ゴッドファーザーPARTⅡ』『砂の器』『レオン』『男はつらいよ』『ボヘミアン・ラプソディ』『ドラゴン・タトゥーの女』『ボーダーライン』『ディア・ハンター』『ローン・サバイバー』『完全なる報復』

 

Q3.研究以外で楽しいことは?

落語