最先端研究を訪ねて


【脳計測科学】

ブレイン・マシン・インターフェイス

こう動かしたいと念じた脳波情報を抽出し、ロボット義手を制御

栁澤琢史先生

 

大阪大学

医学部 医学科(医学系研究科 医学専攻/高等共創研究院)

 

ロボットハンド
ロボットハンド

 

◆どのような研究ですか

 

重篤な神経難病で、全身が動かないため、声も出せず、字も書けないために、自分の考えを他人に伝える手段がない人がいます。私たちは、この人たちが脳で念じるだけで操作できる、ロボット義手を開発しました。

 

脳から情報を得ることで、他人に意思を伝えることができる全く新しい技術の実用性を世界で初めて示し、社会に大きなインパクトを与えました。この技術を、脳と機械をつなぐという意味で、ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)と言います。

 

脳計測科学の分野の中で、一番ホットな最前線研究です。つい最近までSF映画だけの世界と思われていたこの技術は、今や少子高齢化の進む現代社会の問題を解決する、イノベーションとして期待されています。

 

 

◆どんな成果が上がりましたか

 

具体的にBMIでは、人の頭蓋内に埋め込んだ電極から、脳信号を計測します。その際にそれまで不明だった、麻痺患者の脳信号の特徴を明らかにしました。

 

大脳皮質に発生する、皮質脳波という特殊な脳波を人工知能で解読することで、体に麻痺のある患者が何を考えているかを読み解き、その情報に基づいてロボットを制御します。

この着想を実現するためには、ロボット工学者との協力が不可欠です。私たち脳神経外科の専門家しか扱えない特殊な脳波と、それを解析しロボットの制御につなげるための共同研究の基盤があったからこそ、BMIの臨床応用への可能性が世界で初めて示されたのです。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

病気やけがによって体が動かなくなる、それまでできたことができなくなることがあります。私の研究は、人工知能や機械を使って、失った脳の機能を作り直し、全ての人が病気や障害にかかわらず、健康的な生活を確保できるようにすることが目標です。

 


 この道に進んだきっかけ

高校生の時に「ジュラシック・パーク」という映画を観ました。恐竜の遺伝子を化石から取り出し、生きた恐竜を復元するという内容です。現代に復元された恐竜は、親がいません。彼らは恐竜としての教育を受けずに、恐竜が栄えていた頃の恐竜になれるのだろうか…?と思ったことがきっかけで、生命科学に興味を持ちました。

 

それまでは物理学が好きで、ブルーバックスの物理関連書籍ばかり読んでいました。そこで、物理で生命現象を解明したいと思い、物理学科に進みました。物理学の大学院に進み神経科学を勉強しましたが、物理学や数学を応用して実際の医学の問題を解決したいと思うようになり、医学の道に入りました。ただただ、自分の好きなことをやってきたように思います。

 


 この分野はどこで学べる?

「脳計測科学」学べる大学・研究者はこちら (※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

9.基礎医学・先端医療バイオ」の「32.神経科学、脳科学」

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
MEG-BMI
MEG-BMI
 学生はどんな研究を?

私の研究室では、脳波などの脳信号から、人の考えなどの脳情報を読み解く技術を開発し、医療応用する研究をしています。例えば、病気で体が動けなくなった人の脳信号を人工知能の技術で読み解くことで、念じるだけでロボットを動かしたり、パソコンを操作したりできます。

 

この技術をBrain-Machine Interface(BMI)と呼びます。我々は、神経の難病で体が動かせず、声も出せず、文字も書けない状態の患者さんにBMIを応用することで、体を動かさずに、自分の想いを伝える技術を開発しています。

 

また、脳信号から様々な情報を読み解く技術を応用すると、脳波を見るだけで、様々な病気を診断することもできます。我々は深層学習と呼ばれる最新の人工知能技術を応用することで、病気を自動で診断する人工知能を開発しています。

 

さらにBMIを使う訓練をすることで、脳活動に変化を誘導することもできます。これはNeurofeedbackと呼ばれます。我々は、脳活動の異常から生じている様々な病気を、Neurofeedbackによって治療する研究も進めています。

 

私の研究室では、医学部や工学部など様々な領域の学生さんが集まり、人工知能技術を使って脳情報を読み解く技術の開発と、医療応用の研究を進めています。医療を中心に、これまでにできなかったことを、情報技術で可能にすることが私の研究室のテーマです。

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

 

・コンピュータ・情報通信機器

・病院・医療

 

◆主な職種

 

・システムエンジニア

・医師・歯科医師、その他医療系専門職(臨床検査技師・理学療法士)

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

私の研究室に来られる学生さんは脳神経外科医が多いため、多くは脳神経外科医として卒業後に活躍されています。BMIの臨床応用を実現するために、阪大脳神経外科では、脳信号解読やBMIに精通した医師を育てています。また、私の研究室に所属されている工学部出身の学生さんは、深層学習などの機械学習を使えるデータサイエンティストとして、大規模データを扱う企業への就職をされています。

 


 先生からひとこと

我々は医学部においてBMIの開発と臨床応用の研究をしているため、特に出口としての臨床を意識した研究を行っています。一方で、工学部など様々な研究室の先生と共同研究を行うことで、学際的な研究ができる点で特色があります。脳外科でなければ扱うことができない様々な脳信号を最先端の技術で解析し、臨床応用にまでつなげることができる点が、我々の研究室の強みです。

 

 先生の研究に挑戦しよう!

Brain-Computer Interfaceにはどのようなものがあり、どのような応用ができるか考えてみよう。

 

ヒトが体を動かしたり、ものを見たり、言葉を理解するときに、脳はどのように活動するか調べてみよう。また、そのような活動から、逆に人の意図や考えを読み取れるか考えてみよう。様々な経験と脳活動との関係については下記のサイトが参考になります。

https://gallantlab.org/brain-viewer/

 

ヒトの頭蓋内から計測された脳波から、運動内容や知覚内容を推定してみよう。下記のリンクにデータと計算方法の解説があるので参考にしてみてください。

https://exhibits.stanford.edu/data/catalog/zk881ps0522

 


 中高生におすすめ

越境する脳 ブレイン・マシン・インターフェイスの最前線

ミゲル・ニコレリス(早川書房)

ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)とは、脳波などを検出することによって、コンピュータを操作するための機器のこと。著者のミゲル・ニコレリスは、世界に先駆けてBMIの開発を進めてきた脳科学者。BMIがどのような原理で成り立ち、どのような可能性があるかについて詳しく解説している。脳科学の入門書としては少し難しいかもしれないが、著者のBMI研究に対する意気込みが感じられる。



攻殻機動隊

士郎正宗(KCデラックス)

“脳と機械をつなぐ”電脳化技術やサイボーグ技術が発展した時代に、テロや犯罪を防ぐために設立された考案組織「攻殻機動隊」を描いた漫画。少しマニアックだが面白い。劇場用アニメ、実写映画、小説、ゲームにもなっている。



ご冗談でしょう、ファインマンさん

R.P.ファインマン(岩波現代文庫)

有名な物理学者、ファインマン博士の逸話集。研究者の生活や思いが垣間見られる。ファインマン博士が、ロバート・B・レイトンとマシュー・サンズとともに著した、大学の物理の教科書『ファインマン物理学』と一緒に読むと、ファインマン博士の肉声が聞こえてくるようでさらに楽しい。物理が好きな人に特にオススメだが、そうでない人にとっても面白い本だろう。



青春漂流

立花隆(講談社文庫)

著明なジャーナリスト立花隆による、色々な挫折をしながら自分の方向を探る若者たち…ソムリエ、鷹匠、家具職人など11人を語る人間ドキュメント。高校生の時に読んで、そのうちまた読んだら面白く、生き方の参考になるかもしれない。ちなみに、立花隆氏の本では『さる学の現在』や『精神と物質』もおすすめする。



脳の中の幽霊

V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー(角川文庫)

腕や脚を失った後に、失った腕や脚があるように感じ、しかもそれが痛む幻肢痛という病気がある。著者のラマチャンドラン氏は、鏡を使って幻肢を“再建”すると痛みが軽減するという、幻肢痛に対する鏡療法を開発した神経内科医。多くの人は、自分が感じている体や見ている世界は、現実と一致していると考えているだろうが、我々が知覚している世界は脳が様々な情報を処理した結果で、必ずしも現実とは一致しない。神経の障害を調べるとそのような不一致が分かり、脳の機能について理解することができる。この本からはそのような、脳を研究する面白さが伝わってくる。



アンダーグラウンド

村上春樹(講談社文庫)

1995年、オウム真理教が東京都で起こした、地下鉄サリン事件を扱ったノンフィクション。事件から時間が経ち、事件自体を知らない高校生も多いと思うが、当事者の生々しい体験から、宗教の恐ろしさが伝わってくる。また、駅員の方々の想いが印象的だ。



 先生に一問一答

Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

もし18歳の頃に戻るなら、気象について学んでみたいと思います。今後、重要性が増す一方ですし、物理学としても面白い分野だと思います。自分が大学生の時には、その重要性に気付いていなかったことが残念です。

 

Q2.大学時代の部活・サークルは?

登山サークルに入っていました。冬山は登りませんでしたが、1週間ぐらいかけてアルプスを縦走したり、沢登りをしたりして、大学時代を満喫しました。入学してすぐの頃は色々な伝統が面白く、また、自分が幹事になり先輩たちと議論すると、自分たちで伝統を作ることが楽しくなりました。

 

Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

塾講師などもやりましたが、日雇いの工事現場にもよく行きました。大学とは違う人たちとの話も面白かったですし、大きな現場も面白かったです。お台場にあるフジテレビの建設に入ったこともありました。